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無言…色々あるっぽい

 倒れてしまいそうになるのをなんとか踏ん張りとどまり、「ご苦労様でした」の一言と共にミヨ以外全員部屋から退散願う。

 その際にカリーゴ様からとりあえず部屋の警護の人数を増やしますと報告された。


 どうぞどうぞ、とりあえずだなんて言わずとも、結婚の儀までずっと人数増やしておいてください。

 今さら騎士の皆に申し訳ないだなんて思わないよ。だってそうすれば部屋の移動だなんてしなくて済むじゃん。


 そんな本音だだ漏れのイエスの言葉を出来る限りオブラートに包み込み、ようやくミヨと二人っきりになったと思えばすでに日が傾き始め夕方といっていい時間になっていた。なんと今になってお昼を食べ損ねていたことに気がつく。しかもお茶すらも取っていない。

 くぅ、となく音は控えめだが、実際はとんでもなくお腹が減った。


 どうしよう、流石に今からの時間、おやつが欲しいだなんて恥ずかしくて言いたくないんだけどなあ。

 この世界、とくにリリコットのような立場であると、お茶をするにも全て侍女を通してお願いをする。

 喉が渇いたから自分でお湯を沸かして、さあ飲みましょうと簡単にはいかない。懐かしの電気ケトルよ。今になって、あの便利な道具に想いを馳せる。


 しかし、いくら想ってもないものはないし、ただでさえ今はハンナが診療室で休んでいてここには居ないのだ。だから我慢するか、夕飯まであとどれくらいだっけ?と考えていると、横からすっと何かが出てきた。


「姫様、お昼食べてないんじゃないですか?よかったら食べます?」


 ミヨのその手に載っているものを見れば、美味しそうに焼き色のついた、パウンドケーキのようなものだった。

 ドライフルーツが沢山入っているそれは、私の前世からの大好物だ。ありがたく一切れいただこうと手を出そうとしたところで、頭の中に言葉では言い表せない何かが横切った。


「やっぱりいいわ。思ったよりもお腹は減っていないの」

「そうなんですかぁ?じゃ、私だけ食べちゃいますね。んー、美味しそうっ!」


 そう言ってほくほく顔で頬張るミヨ。飲み込むように消えていく焼き菓子を見ていると、もう一度微かにお腹が鳴った。


 しまった、もらえばよかったかなー……いやでも、今はどうしても口にしたいとは思わなかった。


 私がミヨからお菓子を受け取らなかったのは、夕食が入らなくなるとかそんな理由ではない。

 もっと口にするのもはばかられるようなことで、それを言ってしまえばこうしてトラザイドまでついてきてくれたミヨにはとても失礼にあたることだった。


 不信感――どうしてもミヨの行動や言動が妙に気にかかる。


 いや、口が悪いのも態度が微妙なのも最初からだし、その馴れ馴れしさは私にとっては正直どうでもいいことだ。

 だから私が気になっているのはそんなことではない。もっと、もっと違うところで。そうだ、ひっかかることはいくつかあったように思える。


 リーディエナの香水をどうして片付けもせずにあんなわかりやすいところに置くことを主張したのだろうか?

 それからルカリーオ商会から借りたお金の担保もそうだ。何故結婚の儀の後で決めると言ったのか?

 そもそも結婚前であろうが、後であろうが、私の持っているものに大きく変わるものはないはずだ。


 変わるものといえば、えっと……アクィラ殿下?


 いーや、それは図々しいな私、うん。

 なんで結婚の儀の後で、アクィラ殿下が自分のものって言えるんだか。そもそも王太子という立場は担保に出来るものじゃない。


 しかし、と思いつき考え直す。

 もしかしたら私が結婚することによって、何か手に入るものがあるのだろうか?

 残念ながらそんなことは覚えていない。覚えていないが、もしかしてそんなものがあるのだとすれば……?


 最後の一切れを飲み込んだミヨの顔をじいっと見つめる。いつも通りの口角を上げた表情だ、変わりはない。

 けれど、この状況で変わらなさすぎるところはどうなのだろうか?

 ミヨを昔から知っているというカリーゴ様ですら、何か思うようなことがあるような顔をしていた。


 そんな小さなもやもやが胸にじわりと広がっていく。なんとなくミヨの顔を見れなくなり、そっと窓の方を向いた。

 傾きかけた日差しが徐々に影を濃く、長くしていく。私の心の中にも、そんな影にも似た黒いものが姿を伸ばす。それが、足もとまで近づいてくるような感覚。


 逢魔が時。そんな言葉を思い出した。


「姫様ぁ」

「っ、な、なに、かしら?ミヨ……」


 考えに耽っていたところへの突然の声掛けに、自分でもびっくりするくらい挙動不審になってしまった。しかしミヨはいつもの態度を変えることなく言葉を続ける。


「晩のお食事、カリーゴ様に持ってきてもらえるように、護衛騎士の方に伝えておきましたぁ。それから、ハンナさんは体調が戻ってないようなので、診療室で一日休んでもらうようでーす」

「そう……わかりました」


 ハンナの具合はそこまで悪かったのか。気が付かなくて申し訳なかった。だったらきちんと体調が戻るまで、しっかりと休みを取ってもらおう。

 ハンナたち三人が、こちらでの新しい侍女や護衛は必要ないと言ったのをいいことに、負担をかけ過ぎたのだ。入れ替わりやら記憶の混濁のせいで、出来るだけ関わり合いになる人数を増やしたくなかったのもあるが、流石にそれももう限界に近いのかもしれない。

 事実、今日のこの泥棒騒ぎもそういった状況だからこそ起こってしまった。


 明日アクィラ殿下が帰ってくれば、入れ替わりも含め、過去の思い出やら、話したいことは色々とある。

 そのあたりを話し合いながら、お付きの人数を増やしていくこともお願いしてみよう。


 私が黙ってそんなことを考えていると、何故かミヨも口が開かなくなってきた。横目で窺っていると何やら考えこんでいるようにも見える。今まで真っ先に口や体が動いていたミヨにしては本当に珍しいことだ。


 夕食が終わりカリーゴ様が部屋から出ていくと、ミヨと二人きりとなった。今までになく静かで口数の少なくなったミヨと二人……


 どことなく妙な緊張感の中、部屋の中を灯すランプの中の炎だけが楽しげに揺らいでいた。

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