決意の明日に
「……ミヨ、は、早かったのね」
「はーい、姫様。ちょうどルカリーオ商会で話をしていたところだったんで、そのまま連れてきてもらいました」
ルカリーオ商会宛てに知らせの使いを出せば、帰宅予定の時間よりも早く見つけて連絡が取れるだろうと考えていたが、思いのほか早い帰りに驚いた。
確かにミヨの生家であるコザック男爵家の持ち物であるルカリーオ商会だから、ミヨが休暇の日にそこにとどまっていてもそれほどおかしい事ではない。
おかしい事ではないのだが……それはなんとなく都合が良すぎないか?
ミヨが休みでここに居ない日に、ハンナと二人で体調を崩し、そして部屋が荒らされた。
まるで図ったかのようなタイミングでの出来事に胸の奥でなんともいえないしこりが生まれ出す。
先ほどまでの疑念もあって、本来なら早く戻ってきてくれたミヨに対しての感謝の言葉が喉元から出てきてくれない。カリーゴ様の顔つきもずっと硬いままだ。
それでもミヨはといえば、相変わらずの飄々とした態度で衣裳部屋に入り込み、ぐるりと中を見回した。
そうしてカリーゴ様の手の中に緑のベルベットケースを見つけると、おお!と感嘆の声を上げる。
「これだけ荒らされてるのに、よくもまあ無事でしたねえ。よかったよかった」
ふむふむと頷きながら、ミヨは目についたドレスを持ち上げハンガーラックにかけていく。その様子がまた今の状況にそぐわないような気がした。
目の前が片付かなければ何がないかわからないから、合理的だとは思うけれど心情的にはどうなんだ?
あのアクセサリー一式を一目見て、とても簡単に買えるものじゃないと言い切ったミヨは、よかったの一言だけで済むようなことじゃないのをわかっているはずだろう。ちょっと、とミヨに声をかけようとしたところ、カリーゴ様に視線で制止された。
「これだけ貴重なものは処分も難しいだろうからな。それよりも、ここは後にして向こうを先に。多分リーディエナが盗まれた。他にも無くなっているものがないか確認してこい」
そうミヨに向かい、カリーゴ様が声をかける。その言葉に、ミヨが分かりやすく眉を下げた。
「うぇええ。参ったなあ、ハンナさん泣いちゃいますよ。リーディエナの香水が紛失したら、モンシラに帰されちゃうっておどしちゃったから」
ぶつぶつと唇を尖らせながらミヨがカリーゴ様と一緒に扉へと向かっていく。そういえばそんなこともあったなと思い出していると、カリーゴ様が椅子を一脚衣裳部屋に持ち込んできた。
「あちらはミヨルカにチェックさせながら片づけていきます。本来ならばお部屋を替えて休んでいただくべきなのでしょうが……アクィラ殿下がいらっしゃらない今、下手に動かない方がよろしいかと思いますので」
「ええ、私は大丈夫です。それよりも、片づけの手は足りていて?もしよろしければ私も……」
「いいえ。これ以上公女殿下のお手を煩わすようなことはないようにいたします。警備の人数のこともありますので、窮屈でいらっしゃいますでしょうが、今しばらくこちらでお待ちいただけますか?」
そう下手に出られればやむを得ない。一緒になって片づけた方が早い気もするけれど、それはあっちで片づけしている方が嫌がるだろう。
こくん、と頷けば珍しくホッとしたような顔をして、カリーゴ様が出て行った。
私の部屋を荒らした人間が、まだまだ王宮内にいる可能性もあるし、多分自分の目の届かないところに置いておきたくはないのだろう。
まあ、この衣裳部屋だって片づけなければならないのだから、私がやってもいいはずだ。少なくとも男性の護衛騎士たちにここへ入ってもらうことは勘弁してほしいしね。
落ちていたドレスを拾い上げハンガーラックにかけていく。それが終われば下着やリネン類の片づけだ。
一応何かおかしなところはないかと気にかけながら黙々と作業をすすめていくが、とくに変わった様子はなかった。
元々この衣裳部屋は荒らされたといっても散らかされたといっていいくらいのものなので、なんてことはない。むしろこの程度なら施設時代の方が面倒を見るべき下の子どもたちの洗濯物を片付ける方が手間だったと思う。
「久々にやったわね、こういうのも」
最後の一枚を畳み、チェストの中へと仕舞い込んだ。ふう、と息を吐いて見回してみると綺麗になったという充実感も湧いてくる。
こちらの世界で覚醒してからというもの、生活のほぼ全てといっていいほどのことを侍女であるハンナやミヨに頼っている。
そりゃあ、公女という立場で炊事に洗濯などをするというのはとんでもないことなのだろう。その仕事に従事する人たちの仕事だって奪うことになるのだ。
けれども何から何まで彼女たちに世話になりっぱなしなのも、正直な話を言えば遠慮したいと思っていた。
特に洗顔や入浴の手伝いなど、本当に個人的な支度は自分だけでしたい。そして出来ることならば、こういった単純な片づけなどだって本当は自分でやりたいのだ。
リリコットならばやろうとは思わないこと、だけれども百合香としての自分も思い出してしまったリリコットは、自分で出来ることはやってみたいのだった。けれども、
「普通は受け入れられないわよね」
アクィラ殿下の王太子らしい凛とした姿を思い浮かべながら、一人ごちる。おそらく彼はその立場に相応しい伴侶を求めているだろう。リストカットの後でも、代わりをさがすのが面倒だと言ったくらいだ。彼には多少悪い噂があろうとも、王太子妃に相応しい立場の伴侶が必要なのだと思う。
そしてそれはこんな庶民寄りの考えをするような公女ではないはずなのだ。
うーん、でも好きだって自覚しちゃったからこそ、ごまかしがきかないわよ。
好きだと自覚しなければ、公女らしく演技することもできたと思う。たとえ婚約者の入れ替わりがバレたとしても、あくまでも自分はモンシラの公女なのだと、だからこそ公女としてここにいるべきなのだと。
でも今はそうは思えない。私は私として、アクィラ殿下のことを想う、前世の記憶を持つリリコットとしてここにいたい――
こんな時だというのにもかかわらず、気が付けばアクィラ殿下のことを考えてしまっている自分に苦笑する。
いやそれも仕方がないか。自分の気持ちを思い出したところでの泥棒騒ぎだ。今一人になるまで考えている余裕もなかったのだから。
衣装部屋の扉からノックの音が聞こえた。きっとあちらも片づけが終わったのだろう。
すうっと大きく空気を吸い込んだ。とりあえず明日、アクィラ殿下が帰ってくるまでは、この気持ちはシャットアウトしなければならない。
まずは、この侵入者たちがどうやって、なんの目的で入り込んだかを考えてみよう。そしてそれが、誰か。
もしも私の近い人物が関係していたとしても怯まない。絶対にだ。
そう心に決めて、吸い込んだ空気を思い切り吐き出した。




