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穂麦の短編

守銭奴執事 ~主の婚約者が寝取られました。なんと嘆かわしい事でしょう(棒読み)~

作者: 穂麦

 天井から下げられたシャンデリアが、彼らに祝福を送るかのように輝いている。


 少年の時代は終わった。

 6年の時を過ごした学舎を彼らは出ていく。


 見送られる彼らは何を思っているのだろう。

 懐かしさ、寂しさ、それとも未来への期待か?


 どのような想いを抱いているにせよ、この卒業パーティーが終われば祝福と共に学び舎を出ていく事に変わりはないハズであった。


 祝福が1人の声によってにじられるまでは──。


「アルフレッド・ケーヴィス。貴様がフリージアに行ってきた非道の数々を断じて許すわけにはいかない!」


 一見すると、なろう読者に馴染み深い王子による婚約破棄の場面。


 だが、そうではない。

 男vs男の構図だ。


 片や白金の髪をした凛々しい王子。片や金色の髪をした性格の悪そうな男子。

 王子が指をさす形で糾弾をしている。


「断罪の前に、なぜ俺の婚約者であるフリージアがエルファンス様に抱きしめられているのかを説明して頂きたいのですが」


 アルフレッドの言葉はもっともな意見だった。

 このパーティーに参加している誰もが思っている。


 だが、他にその点を問う者はいない。

 いずれ王国の中枢に席を置くであろう、王子の周囲にいる者たちですら。


 本来であれば、この場において特に強い立場にいる彼らが諌めなければならないにもかかわらず。


「貴様の非道をフリージア嬢が私に訴えてきたからだ」

「非道をしたかはともかくとして、訴えを受けたからって抱きしめるのはどうかと思うのですが」

「黙れ! この怯えている様が貴様には見えんのか!!」


 ”心臓がオリハルコンで出来ていそうな俺の婚約者が怯えるハズねぇだろ”などという思いを飲み込んで、様子を確認してみる。


 うまく演技をしているようだ。

 目元には涙が溜まっている。

 もっとも目がキツすぎるため全く同情する気にはなれないが。


「エルファンス様とフリージア様が親しい事は家に報告させて頂くとして……」

「ああ、なんていうことでしょう。私の家に圧力をかけるだなんて」

「なんたる非道!」


 ”ああ、この王子ダメだ。完全に色香に狂っていやがる”そう確信した。


 話を受け止める気が無いのだ。

 説得は無理だ。


 穏便に済ませるのではなく、相手を潰すつもりで動かざる得ない。


 溜め息を一つ吐くと、忠実さとは無縁の従者を呼ぶことにした。


「ルーファ」

「はっ」


 少年の声に一人の執事が丁寧なお辞儀を見せる。

 これまで気配の欠片すら見せずにいた彼は、ここでようやくその存在を認識された。


 女性達の間に溜め息が漏れる。


 艶のある黒髪に切れ長の目。

 立居振る舞いも美しく、また影のある雰囲気が相まって女性達は見入っていた。


 だが彼の胸元を見ると、途端に溜め息をつきながら首を横に振る。


 それもそのはず。

 彼の胸元には、首から紐でぶら下げられた大きめのガマ口財布。

 このガマ口財布だけで、彼の魅力を0にするどころかマイナスにしている。


「守銭奴。なんとかしろ」


 アルフレッドがルーファへと金貨を指で弾く。

 すると、シャンデリアの明かりを受けた金貨は弧を描き、執事の手の中に吸い込まれていった。


「わーい」


 先程、女性たちを魅了した雰囲気は消しとんだ。

 好物を目の前に出された子どものごとく──むしろ子犬が舞う蝶に興味を惹かれて駆け出し、数十分が過ぎた頃になりようやく迷子になったと気付いたかのようなバカっぽさすらある。


 それでもこの行為が、女性達の心を再び取り戻した。

 ギャップ萌えの一種である。


 受け取ったコインを大切そうにガマ口財布にしまうと、登場時の雰囲気に戻る。

 もちろん胸元のガマ口財布に、カッコよさをマイナス補正されたままだ。


「さて、アルフレッド様に命じられたのですが……ふむ」


 彼の思案している姿に再び女性達の心が乱れる。

 だが数秒後には、やはり胸元を見て首を横に振った。


「な、なんだ」


 ルーファの不躾な視線に感じたのは、怒りよりも恐怖。

 黒い瞳は、まるで心の奥底まで覗かれていると錯覚しそうな魔性があった。

 

「執事風情が直答するのは憚れるのですが……」


 そう言いながら、横に立つアルフレッド()にチラチラと目配せしている。


「お前に私の代行という名誉をくれてやる」

「過分なご配慮ありがとうございます」


 嫌味ったらしいお辞儀であった。

 そう感じたのは主だけである点に、ルーファのいやらしさを感じざるえない。


「本来であれば、主が紹介する前に従者が御前に立つのは無礼というもの。ですがここは学ぶ者を平等という建前のある場所。そして主から代行という名誉を押しつけられたが故に、どうか私の名乗りと僅かな時間の会話をお許し頂きたい」


 軽く学校をディスりながら、ついでに厄介事を押しつけられた事への愚痴を織り混ぜた器用なセリフ。


 そのセリフにエルファンス王子は”面倒臭せーヤツだ”という想いを抱く。


 だが目の前の執事は、会話をしていた相手に権限を与えられているのだ。

 要望を無視すれば、自分のマイナスとなる。

 故にこの要望を聞かざる得ない


「許そう」

「ありがとうございます」


 優雅なお辞儀。

 主に向けたのとは違う、普通のお辞儀だ。

 アルフレッド()は、胸中に複雑な物を感じた。


「私はケーヴィス家でアルフレッド様専属の執事という名誉ある役を押し付けられております、精霊ルーファ・クロイエと申します」

「そうか、ケーヴィス家が精霊との契約に成功したと聞いていたがお前が……」


 エルファンスの目付きが変わった。

 精霊を相手に、迂闊な事は出来ない。

 なぜなら、精霊は別格の存在だからだ。


 この世界で精霊は、神やその代理人という位置づけとなっている。


「それにしても皆さま、仲がよろしいようで」

「ああ、私の臣下として国を支えていく者たちだ。彼らが私の下で働いてくれる事に誇りすら感じている」


 未来の主の言葉は、取り巻きへの称賛。 

 その言に取り巻き達は感嘆の声を漏らす。


 だが、やはりと言うべきか。

 この状況を眺めているだけの者たちの目には茶番にしか映っていない。


「素晴らしい方達に恵まれましたね。ところでその未来においてフリージア様は、どのような立ち位置となるのでしょうか?」

「うむ。言いにくいことなのだが……」


 言葉に詰まっているようにも見えた。

 だが貴族としての教育を受けた者たちは、それが演技でしかないことを理解している。


「それがだな……相談に乗っているうちに想い合うようになったのだよ。王から許しが出たら人生を一緒に歩むことになるかもしれん。時間はかかるだろうが」


 王子の言葉に、執事は怒りを見せる事は無い。

 それどころか好意的な笑顔すら見せた。


「でしたら私が精霊として書状を用意させて頂きましょう。精霊の言葉があれば多少は結婚が早まるかと」

「ありがたいが、アルフレッドの非道を許すわけにはいかないぞ」

「許して欲しいと願う気はございません。ただ罪を問うのなら然るべき機関を通して頂きたいのです」


 正当な要請だ。

 だが色に狂い感情に走った者に理論など通じるハズがない。


「王族たる私の言葉を疑うのか」

「もしも黙れというのなら黙りましょう。そして今回の件には一切の口を出さないとお約束いたします」


 自分は今回の事に一切の口を出さない。

 それはすなわち、”当然、王に2人の結婚の許可を願う事もない”ということ。


 精霊から結婚について助力を受ければ、数年で許される可能性がある。

 それを手放すのは惜しい。


 フリージアと結婚するのであれば、貴族から奪ったという醜聞がつく。

 故に父王に結婚を許可されるためには、相応の実績を上げなければ難しい。


 自分であれば大丈夫だという思いはある。

 それでも、10年は掛ると見なければいけない。


 どうするべきか?

 悩む王子を救ったのは隣に立つフリージアであった。


「お待ちください!」


 2人の会話に割って入るフリージア。

 本来なら許されない行為ではあるが、代理とはいえ執事が王族と直接会話をしているのだ。

 このような状況なのだから、咎められるはずなどない。


「お話しの最中、失礼いたします」


 この場は、淑女の礼をするだけで十分だ。

 それだけで礼は尽くしたと言える。

 執事と王族が直接話すという事は、それだけ異常な事なのだから。


「エルファンス様どうでしょう。ルーファ様が私たちの結婚のために書状を用意して下さるとおっしゃっているのです。私たちもアルフレッドを許すことで誠意をお見せしては?」


 この場を眺めている者たちは理解していた。

 彼女の言は、今回の件が然るべき機関を通されるのを避ける茶番であると。


 だが彼女達は高い立場にいるのだ。

 誰も口を挟もうとは思わない。

 それに飛んでくる火の粉を払えないのなら、貴族であり続ける力がアルフレッドに無いという事である──などというのは建前だ。


 実際は、あっさりと切り捨てられているだけである────卒業生全員に。


 これでは、どこかのガマ口執事が”ですから友達を作れと申しましたのに”などと思っていているのも仕方の無いことだろう。


「だがそれでは君が!」

「これからはエルファンス様が守って下さるのでしょ?」


 惚気(のろけ)が始まった。

 こうなっては話を聞いてはくれないだろう。

 それでも、話の流れは決まったような物だ。

 最後の仕上げに移る。


「この件は旦那さまにお伝えさせて頂きます。その結果どのような判断が下されようとも、私は精霊としてお二人の結婚に関する書状を用意すると約束をさせて頂きます」


 もう話の結末は決まっているのだ。

 ルーファが何を話しても、実りのない時を過ごすのが関の山──そのハズであった。


「そうそう。フリージア様、精霊としてご懐妊を祝福させて頂きます」


 空気が凍りつく。

 結婚前に子が出来るのは、決して褒められる事ではないからだ。


 だが結婚を考えているのなら褒められないだけだ。


 褒められる事ではなくとも、血を引く者ができたということ。

 結婚をするという前提であれば黙認するのが貴族の世界──これだけならば。


「髪の色が青と金のどちらか、生まれたら教えて下さい」


 誰もが絶句した。


 王子の髪は白金。フリージアの髪は金。

 隔世遺伝でもない限り、青色の髪は生まれるハズが無い。

 もしくは、目を泳がせている青髪の取り巻きが親でない限り。


「それは……どういう」


 頭が追いつかない王子をよそに、執事は彼の後ろに並ぶ取り巻き達ををジッと見た。


 だが、それは数秒。

 表情を和らげ、笑顔で冷徹な言葉を放つ。


「皆様、とても仲がよろしいようで」


 ニコリと誰もが惚ける甘い笑みを浮かべた。

 だが、その笑みを受けた彼らに惚ける余裕などない。


「……どういうことだ」

「なるほど、ご存知なかったのですか。失礼、これ以上は執事風情がお伝えするわけにはまいりません。ご容赦を」


 精霊である彼には見えてしまうのだ。

 人間同士の深い繋がりが。

 縁や絆、もしくは因縁とも言える呪いじみた繋がりが。


「待て!」

「私が言えるのは、精霊が下らない嘘を吐くことはないという事だけです」


 王子の表情から色が抜けた。

 確信してしまったのだ。


 愛した女性が、どのような本性を隠していたのかを。

 そして義憤に駆られ早まったために、自分が何を失う事になるのかを。


「さあ、アルフレッド様。ご実家に連絡をしましょう。殿下のご成婚をお祝いする書状を用意しなければなりません。どうしました?」


 背後の様子などお構いなしに、嬉々として帰ろうとする執事。


 彼の目線の先。

 そこには、両手両膝を床に付けている主がいた。


「……死にたい」


 主の姿勢。

 それは見事なまでのorzであった。


 彼の顔を覗きこむ。

 血の気が失せ憔悴しきっているのが分かる。


 婚約者が寝とられた。

 しかも婚約者たる自分には全くアピールしなかったのに、他の男(複数人)と肉体関係すらもっていた。

 とどめとして、誰のとも分からない子を宿してすらいる。


 彼は、男としての色々な物が否定されたのだ。


 自分の大切にしてきた大切な物が粉砕された。

 だからこそ、同じ言葉をもう一度口にする。


「……死にたい」


 *


 卒業パーティーは、王族の暴走により台無しになった。

 その埋め合わせを、王族の懐から出した金で後日行う事が先程伝えられた。


 すでに深夜。

 月は雲に隠れ、闇がいつもよりも濃い。


「行きなさい」


 窓を開けると、石で出来た鳥が星空に羽ばたいていった。


「ご当主様に今回の件についてまとめた書状を放ちました。何事もなければ明日の朝日が昇る前に届くことでしょう」


 窓を閉めた彼の視線はベッドに向けられている。


 ベッドには布団に包まる主。

 数時間経ったが精神面の回復は兆候すら見えない。

 だが完全な無視を決め込んで執事は話を続ける。


「先程アルフレッド様にお伝えした私の提案も一緒に送らせて頂きました」

「……提案?」


 ようやく布団から顔を覗かせた。

 その姿はまるで芋虫。

 貴族が見せてよい姿ではない。


 一方で執事は、相変わらず首から大きめのガマ口財布を下げている。


 芋虫主とガマ口執事。

 どちらも顔が良い故に、いっそう残念臭が濃く出てしまっている。

 残念主従だ。


「お聞きになっていらっしゃらなかったようですね」

「もう一度話してくれ」

「かしこまりました」


 恭しくお辞儀をする執事。

 そのわざとらしい所作で主は気付いた。

 ”コイツ、俺が聞いていない事を分かっていて説明したな”と。


「私がご当主様に提案させて頂いた内容は2点でございます。まず王家に対しエルファンス様とフリージア様のご成婚を祝うお手紙を送ること。このとき精霊である私の名も添えて送らせて頂きます。僅かに遅れる形で苦情も王家に伝えさせて頂きます」

「お前……なんでもない」


 王族が貴族の婚約者を寝取った。

 それでも祝いの言葉を送る。更に苦情も別の封書で送る。


 一見すると矛盾した行為。

 だが、この行為には特別な意味が含まれている。

 それは”嫌がろうとも結婚はキッチリさせろよ。それで矛は収めてやるが貸し一つだ”という意味。


 寝取られた側が祝福をし、相手の望み通りの結末をプレゼントしてやるのだ。

 

 王家に押しつける貸しは、”大きな問題としない+王族の要望通りにする”という2つ分という事になる。


 ついでに王子(エルファンス)は婚約者を貴族から奪う男という目で見られ、元婚約者(フリージア)には居心地の悪い結婚生活を送らせるという嫌がらせも行える。


 かなり酷い提案だ。


 しかも面子を潰された側が祝福をしている上に、精霊の書状も付いているので王家であろうとも断るのが難しい。


「次にケーヴィス家の名で、フリージア様と肉体関係にあった数名の家にも「言うなあぁぁぁぁーーーー」抗議と共に賠償の請求を行う旨を提案させて頂きました」


 元婚約者のただれた交友関係が明示されると、部屋に悲鳴のごとき泣き声が響いた。


 しかし主が泣きながら布団に潜ろうとも、執事は淡々と言葉を紡いでいくのみ。


 素晴らしい主従の絆がそこにあった。

最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _ )m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい絆の形を見ました。(白目)
[一言] 寝取られモノって結構苦手でタグついてるだけであんまり読まないようにとかしてたけどこの小説面白かった。
[一言] あまりにも主人公が哀れすぎる。(笑)
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