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007

 その日から、私の慌ただしい日々が幕を開けた。

 一日のカリキュラムを終えた後、ミセス・メルバによる長時間の補講である。

 現代なら一人だけ特別扱いだと苦情が出そうだが、自宅に家庭教師を呼んでいる家が多いからか問題はないらしい。

 むしろ毎日居残りさせられている私を、クラスメイトたちは何を今更とばかりに冷めた目で見ている。

 まあ、おばさんメンタルなのでそんなこといちいち気にならないけれど。

 むしろ日本とは違う文化圏とはいえ、それを差し引いても異文化感がすごい。周囲は若い学生ばかりなのである。ミセス・メルバの方がむしろ気が合いそうまである。

 更に彼女との特別授業は、エミリアと距離を置くための格好の隠れ蓑にもなった。

 毎日昼も放課後も勉強にいそしむ私を、エミリアはなかなか呼び出すきっかけが掴めずにいる。

 このまま一週間が過ぎれば、彼女の兄に王子の後をつけていたのはエミリアの指示だと密告した件は、お流れになりそうである。

 この世界について知ることができてなおかつエミリアと距離をとれるなんて、なんと最高なんだミセス・メルバ。

 そういうわけで、私は毎日喜々として彼女の講義を受講した。

 驚いたことに、ミセス・メルバは礼儀作法の教師であるにも関わらず、他の歴史や帝王学、紋章学などにも精通していた。

 流石年の功というか、凄まじい知識量である。

 なにより、彼女の授業には一切の妥協がなかった。

 毎日遅くまで居残り授業をした後、大量の宿題を出されるのである。

 なので家に帰ってからも、宿題に追われて父親のお小言を聞く暇もない。

 マチルダはまるで人が変わたようだと驚いているし、周囲の反応はほんと様々だ。

 だがこれには、少し難点もあった。それは、なかなかなかなかアイリスを探る時間が捻出できないことだ。

 ウィルフレッドルートを進んでいると思って間違いないだろうが、どうしても確証が欲しい。

 この一週間が終わったら、そちらの方にも急いで手を回さなければならないだろう。

 それにしても、こんなに勉強するのは資格試験以来なので自分の記憶能力が不安だったが、その辺はシャーロットの脳細胞が活用されているらしく、どんどん頭に入っていくので勉強するのが楽しかった。

 年齢がいくと勉強できないということはないのだが、物忘れがひどくなるので新しいことを覚えるのもなかなかに大変なのだ。

 そんなある日、ミセス・メルバとこんな話になった。


「最初はその場しのぎの言い逃れだろうと思っていましたが、どうやら本気だったようですね」


 彼女との特別授業はもう十日を過ぎていた。

 忙しい毎日の生活リズムに、ようやく体が慣れ始めた頃である。

 一日目宿題を提出した私に、ミセス・メルバは少し驚いた様子だった。多分真面目にやってくるはずなどないと思っていたのだろう。

 その日から日数を経るごとに、宿題の量は減るどころかむしろ増えている。


「やっと信じていただけましたか?」


 そう言い返すと、ミセス・メルバは途端に不機嫌そうな顔になった。


「まだまだです。試験の日まであなたへの評価を変えるつもりはありません」


 なんとも厳しい指導に、思わず苦笑いが零れた。

 口ではこんなことをながらも、毎日私に付き合ってくれる彼女はむしろお人好しの部類だと思う。


「ミセス・メルバはお優しいですね」


 思わずそう呟くと、今度こそ彼女は驚いたように目を見開いた。


「一体何を言っているのですか」


「だって、毎日私のレベルに合わせた授業内容や、宿題を用意してくださるじゃないですか。通常の授業もあるのに、なかなかできることではありませんわ。本当に感謝しております」


 彼女が私と過ごす時間は、本来彼女が翌日の授業を準備したり帰宅して安らぐための時間なのである。

 それを躊躇いなく生徒に使ってくれるなんて、本当に優しい熱心な先生だと思う。

 特に私なんて、一応実家は伯爵位だけどなんの影響力もない貧乏貴族だし、恩を売ったところで全く彼女の得にならないはずだ。

 そんなことを考えていると、むしろなにも返せない自分が心苦しくなってくる。 

 すると、ミセス・メルバは呆れたようにため息をついた。


「子供がそんなことを考えるのではありません。まったく可愛げのない」


 どうやら私は、可愛げのない子供らしい。

 あまりにも彼女らしい評価に、今度こそ思わず笑い声が漏れた。



  ***



 そんなこんなで、あっという間にひと月が過ぎた。

 試験はある日突然抜き打ち方式で行われ、ひやひやしたが何とかパスすることができた。

 内容はきちんと勉強さえしていれば解ける程度のもので、むしろ肩透かしをくらったというのが本音だ。

 ミセス・メルバの性格からしてとてつもなく高いハードルを用意されていたらどうしようと緊張していた私は、ほっとした。

 というか、この程度の難易度だったら一週間ぐらいの時点で既に網羅していた気がする。

 拍子抜けしてミセス・メルバを見上げると、その顔が面白かったのか彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


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