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004


 マチルダに付き添ってもらい、自室へと戻った。

 今は一刻も早く休みたい。

 ふらふらしていると、マチルダがかいがいしく世話してくれた。

 正直助かる。馬車に乗ったことで、今もまだ体が揺れているような気がする。体調は悪化したようだと思いながらベットに横になり、すぐさま深い眠りに落ちていった。


 ――そして、夢を見た。


 それは帰宅を急いでいた私が、アパートの階段で足を滑らせ、そのまま奈落へと落ちていく夢だった。

 泣いて叫んでも、誰も助けてくれない。一階から二階へ上る階段だというのに、どこまでも深く落ちていく。

 私は自分の悲鳴で目が覚めた。

 聞き覚えのない声で、一瞬びくりとする。

 夢は覚めたと言うのに、未だに心臓がバクバクいっている。私は胸を押さえて荒い呼吸を繰り返す。


「お嬢様、どうなさいましたか!」


 悲鳴を聞きつけたのか、マチルダが部屋に駆け込んできた。

 心配そうな彼女の顔を見て、弱気になってどうすると自分を戒める。

 少なくとも精神的には年長者なのだから、しっかりしなくては。


「大丈夫よ。ひどい夢を見ただけ」


「そうですか……」


 マチルダはあからさまにほっとした。

 どうやらよほど心配をかけたらしい。確かに、寝ていたはずの人間が突然悲鳴を上げたらそりゃ驚くだろう。

 私は彼女に申し訳なく思った。

 メイド服の裾が乱れていて、どれだけ彼女が慌てていたのか一目で知れたから。


「心配かけてごめんなさいね」


 そう言うと、思ってもないことを言われたとでもいうようにマチルダが目を丸くした。


「あの、お嬢様大丈夫ですか?」


「え?」


「いえ昨日から、やけにはきはきとお話しになるし、なんだかいつものお嬢様と違うような……」


 ぎくりとした。

 やはりいつも側にいる人間には、違いが分かってしまうのだろうか。

 だが、ここで実は別人なのとカミングアウトしたところで、頭を打って変になったと思われるのがオチだろう。


「そ、そう? 気のせいじゃないかしら。オホホホ」


 咄嗟に誤魔化したが、マチルダは心配そうな顔のままでいった。


「大変でしたね。どうせまたエミリア様からろくでもないことを命じられたのでしょう? あのお嬢様にも困ったものです」


 優しげな顔から繰り出される辛らつな言葉に、今度は私の方がびっくりしてしまった。

 どうやらシャーロットのことをいいように使いっ走りにしているエミリアのことを、マチルダはよく思っていないらしい。

 身分的にはとんでもない暴言なのだろうが、それぐらいシャーロットのことを心配しているんだと分かって心が温かくなった。

 すっかり目が覚めてしまったので、ゆっくりと体を起こす。一晩しっかりと寝たので、体の痛みも大分ましになっている。

 マチルダに促されるまま、顔を洗って朝食を取った。

 今日は一日、横になって安静にしつつ今後の方策を練ることにする。

 というか、さっき見た夢。

 あれはもしかして夢ではなく、現実だろうか。なんとなく、そういう実感があった。

 つまり日本の私はもう死んでいるということだ。なんともあっけないと思うが、こうなったからには認めるしかない。

 遺してきた両親には申し訳ないが、私は私で今後の方策を考えなければ。

 更に一晩ゆっくり眠ったことで、生粋の日本人である私とシャーロットが違和感なく混じり合っているのが分かった。感覚としては、シャーロットが階段から落ちたことがきっかけで、今までもっていなかった記憶がよみがえった感じだ。性格の方も、その記憶に引きずられているのだろう。

 日本での記憶があまりにも生々しいので別人の体になってしまったと慌てたが、一日たってみるとシャーロットとして生きた十六年間の方が自分の人生だという気がした。

 なにより、日本で名乗っていた自分の名前が思い出せないのだ。その記憶も、思い出そうとすればするほど霞んでいく。

 自分がシャーロットなのかと言われればまだ素直には頷けないが、シャーロットが別人という感じもまたしないのだった。


「もしかして、前世の記憶がよみがえったってやつ?」


 口の中でぼそぼそと呟くと、ひどく得心がいった。

 まだまだ半信半疑ではあるが、突然別の体に入り込んでしまったというより、そちらの方がまだ納得がいく。

 しかし生まれ変わるにしても、どうしてゲームの世界に生まれてきてしまったのだろうか。

 設定から考えるに、ここは地球ではないどこかだ。

 生活様式は中世から近世にかけてのヨーロッパのどこかをモチーフにしているが、なぜかトイレなどの衛生環境は整っている。

 そのことは正直ありがたいが、ここが本当にゲームの世界でその歴史をたどるとしたら、大変なことになる。

 なぜなら私の実質上の主人であるエミリアは、ゲームの主人公に追い落とされ家ごと没落する運命にあるからだ。

 それだけならまだ目の上のたん瘤がいなくなるだけだと思えるが、彼女の取り巻きとその実家も連座で罪に問われるのだからそんな悠長なことは言っていられない。

 私は必死で前世のゲームの内容を思い返した。

 まず、プレイヤーの身代わりとなる主人公の名前は、変更しない限り『アイリス・ペラム』となる。

 見た目はおっとりとした美少女で、ゲームらしくピンク色の髪に、さわやかな新緑色の瞳が印象的だ。

 私はそのアイリスに覚えがあった。

 最近メイン攻略キャラであるウィルフレッド王子と特別親しくしている娘。それがアイリスであった。確か、ペラム男爵家の令嬢だったはずだ。

 ここがゲームの世界だとしたら、彼女がヒロイン級の人物ということで間違いないだろう。

 だが私、シャーロットの名前はゲームに出てこない。


「マチルダ。悪いんだけど手鏡を取ってくれない?」


 控えているマチルダに手鏡を取ってもらうと、そこには亜麻色の髪を持つ貧相な少女が映っていた。階段から落ちた時に顔までぶつけたのか、左の頬が青紫色に染まっている。我ながらなんとも痛々しい姿だ。

 ゲームのキャラクターというには特に美形なわけでもなく、しいて言うなら青い目が唯一印象的なぐらいだろうか。他は特に印象の残らない、のっぺりとした面立ちだった。

 それでもがっかりするなんてことはなくて、むしろアラサーだった時の感覚から言えば、肌はもちもちしてみずみずしく、ああ若さっていいなあという感じである。


「だ、大丈夫ですよお嬢様! 腫れはすぐに引きますから!」


 一方で、マチルダは私が怪我を確認して気落ちしていると勘違いしたのか、精一杯慰めてくれた。

 彼女に気を使わせないためにも、はやく傷が癒えればいいのになとどこか他人事のように思った。



 

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