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 その日もいつものように疲れて帰宅すると、マチルダが満面の笑みで出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。お嬢様」


「ただいま。マチルダ」


 本来なら彼女に手伝ってもらって晩餐用のドレスに着替えなければいけないところだが、私は簡素なワンピースに袖を通し晩御飯も部屋に運び入れてもらった。

 ミセス・メルバが見れば怒りの雨を降らせるに違いないが、私としては家に帰ってまでどうしておしゃれ着に着替えなければいけないのかが謎である。他家に及ばれでもしたのなら分からないでもないが、実家での晩御飯ぐらい普段着でのんびりと食べたい。


「今日もお父上にお会いにならないおつもりですか?」


 そんな私に、マチルダは渋い顔をした。


「お会いしても、どうせご機嫌を損ねるだけだもの」


 これは本当のことだ。父である伯爵は、顔を見ればいつも私を叱りつけてくる。

 それでも私の明らかな過失なら叱られても仕方ないと思えるが、その怒りの内容は日によって異なることが多く、それも言いがかりめいたどうでもいい内容なのだ。

 なので最近では、なんだかんだ理由をつけて部屋で晩御飯を食べることが多かった。

 本当はマチルダや他のメイドたちと食卓を囲みたいが、身分の違いによりそれは認められないらしい。

 あまり我を通すのもどうかと思うので、その辺りは我慢しているというのが本当のところである。もともと一人暮らしなので一人の食事には慣れているが、食事の様子をじっと見られているというのもなんとなく落ち着かないものだ。


「今日は〝かだい〟とやらはお持ちではないのですか?」


 食事を終えると、私は早々に就寝の準備に入った。

 いつもなら机に向かって一心不乱に課題かもしくは生徒会の仕事を片付けている時間なので、マチルダが不思議そうな顔をする。


「ああ、今日は学校で終わったので持ってこなかったの。いつもこうだといいのだけれど」


 セリーヌのおかげで仕事の方は一定の目途が付いたが、あまり補習の方を休んでいるとまたすぐに成績が下がりそうなので、気が抜けない。

 最近はエミリアやその取り巻き。それにセリーヌの取り巻き達も参加しているということで、ミセス・メルバの特別授業は人口密度はすごいのである。

 好意で私的な時間を提供してくれているミセス・メルバにはさすがに申し訳ないので、近々生徒会を通じて慰労なり新しい先生を外部から招へいするなり、できればいいと思っている。

 まあそれも、生徒会の五人体制が安定してからにはなるのだろうが。


「そういえば、安眠効果のあるお茶などはいかがですか? 最近お忙しそうでしたので、特別に取り寄せてみたのですが……」


 どうやらマチルダは、私が睡眠時間を削って忙しくしているのを気にかけてくれていたらしい。

 その優しさに感動しながら、ありがたくそのお茶を頂くことにした。

 効果があるようなら、生徒会のメンバーに差し入れしてもいいかもしれない。

 ジョシュアの凝り固まった頭にも、効果があるといいのだけれど。


「ありがとう。頂くわ」


 笑顔で頷くと、マチルダはどこかほっとしたようにお茶の準備を始めた。

 まるであらかじめ用意してあったのかというぐらいあっという間に準備が整い。湯気のくゆるカップがテーブルに置かれる。

 それは私が見様見真似で淹れるお茶と違い、とてもかぐわしい香りがした。

 ジョシュアやセリーヌは、もっと高級なお茶をそれも家事のプロたちに淹れてもらっているのだから、さぞ私のお茶を物足りなく感じたに違いない。

 それでも不満を言うことなく飲んではくれるのだから、基本的にはいい人たちなのだと思うのだが。

 そんなことを考えていると、私の顔は無意識に苦い笑みを形づくっていたらしい。


「どうかなさいましたか?」


 自分の出したお茶が何か問題なのかと心配になったのだろう。

 不安そうなマチルダに尋ねられた。

 私は彼女の不安を払しょくしようと、首を左右に振って否定する。


「なんでもないの。おいしそうなお茶だと思っただけ」


 そう言うと、私は華奢なカップにそっと口をつけた。

 すると、かぐわしい香りに反して、お茶にはまるで脳に突き刺さるような苦みがあった。


「なに、これ……」


 慌ててカップから口を離すが、まさか淑女が一度飲んだものを吐き出すわけにはいかない。

 なんとか気合で飲み込むと、私はマチルダの顔を見た。

 相変わらず、彼女は心配そうな顔でこちらを見ている。これがこのお茶の特性なのか、それともマチルダがなにか手順を間違ったのか、それはようとして窺い知ることができなかった。


「どうかなさいましたか」


 素直にまずいと口にするのを躊躇っていると、早速安眠効果が現れたのか、意識が遠のいてきた。


「お嬢さま?」


 さすがにこのまま眠ってしまうのはまずいと思ったが、まとわりつくような眠気に抗うことができない。

 そして私は、そのまま深い眠りに飲み込まれていった。

 最後に見たマチルダのひきつった笑みだけが、なぜだか脳裏に焼き付いていた。


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