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038


 私は現在、走り去ってしまったジョシュアを探して人気のない学校内をさ迷い歩いている。

 別に探すほどのことでもないだろうと思うのだが、セリーヌが誤解を解いてやれというので仕方なくだ。

 それならば暇なセリーヌが探しに行けばいいと言ったのだが、仮にも王族を顎で使う気かと脅されてしまった。私には片付けなければいけない仕事があるというのに、まったくいい迷惑である。代わりに仕事を進めておいてくれるとは言っていたが、本当にやってくれているかどうかはあやしいものだと思っている。

 なにせ温室で正体を目にして以来、彼は隙あらばこちらをからかおうとしてくるからだ。男だとばれているからと開き直っているのかもしれないが、仕事に支障をきたすほどとなると対策も考えねばなるまい。そもそも彼の態度は、弱みを握られている人間のそれではないと思う。


「ジョシュア様ー?」


 生徒が帰った後の校舎は恐ろしいほどに静かだ。

 元が離宮という歴史ある建物なので、彫刻なども飾られているためか肝試しにはぴったりである。

 さっさとジョシュアを見つけて仕事に戻りたいと思いながら歩いていると、曲がり角の向こうで何かが動いたような気がした。

 こんなところにいたのかと速足で角を曲がる。

 すると思ってもみない光景を目撃してしまい、私は慌てて元来た道に引っ込んだ。


「ずっとこうしたかった……」


 なんとそこでは、ジョシュアとアイリスが人目を避けて抱き合っていたのだった。

 いや、人目を避けてと言っても所詮通路の途中である。こんなところで仕事もせずに何をしているんだと、呆れと共に怒りが湧いてくる。


「悪いが離してくれないか?」


 すると、アイリスの情熱的な様子とは対照的に、ジョシュアはひどく平坦な声で言った。

 冷たいなあと思いつつ、私は角からそうっと身を乗り出し、改めて二人の様子を盗み見る。

 アイリスの手は絶対にはなれないとばかりに、ジョシュアの腰に回っていた。一方ジョシュアの方は、戸惑った様子で体を逸らせ両手も宙をさまよっている。

 ようやく目にした大好きなゲームのヒロインと攻略対象キャラクターのラブシーンなのに、私はちっともテンションが上がらなかった。

 それは私が悪役令嬢の取り巻きポジションだからか、それともアイリスの本性を知ってしまったからか、その理由は分からないが。

 なんだかとても馬鹿らしい気持ちになり、私は元来た道を戻ろうとする。

 セリーヌには、ジョシュアは見つからなかったとでもいえばいいだろう。

 だが、さっさと戻ろうと身をひるがえしたのがいけなかった。


「待て!」


 静かな回廊に、ジョシュアの声が響く。

 血の気が引いた。そっと角から二人をのぞくと、彼らの目は明らかにこちらを向いている。

 どうやら踵返し時に、こちらの存在を気取られてしまったらしい。


「待ってくれ。そこに誰かいるんだろう?」


 ジョシュアは心底困っているらしく、らしくない弱々しい声で言った。

 さすがにそのまま立ち去るわけにもいかず、私は角から彼らの前に足を踏み出した。


「申し訳ありません。お邪魔をするつもりはなかったのですが……」


 視線で人が殺せるなら、間違いなく私は殺されていたことだろう。

 私の存在に気付いたアイリスの眼光は、それほどまでに鋭いものだった。

 一方でジョシュアは、さも助かったとでも言いたげにアイリスの手を振りほどき、こちらに近寄ってくる。


「すまない。まだ仕事の途中だったな」


「ジョシュア様。待ってください」


 私への視線の鋭さとは対照的に、アイリスが頼りなさげなか細い声で懇願する。

 しかしジョシュアは一秒でも早くこの場から離れたいのか、彼女を振り返ることすらしなかった。そして彼は私の腕を掴むと、私が元来た道を戻り始める。

 私はその力の強さに痛みを覚えたが、不満を訴えることなどできなかった。それはアイリスがまるで別人のごとき形相で、爪を噛みながらじっと私を睨みつけていたからだ。そのあまりの異様さに、背筋が凍り私は言葉を失っていたのだった。

 そのまましばらくは、どちらも口を開くこともなく黙々と廊下を歩く。

 だがジョシュアの手を握る力があまりに強いので、いつまでも口を閉じているわけにはいかなくなってしまった。


「あの、もう手を離していただいてもよろしいですか?」


 そう尋ねると、ジョシュアが慌てて私の手を振り払う。

 振り返った彼はひどく動揺していて、どうやら私の手を掴んでいたことすら忘れていたらしい。

 これはそっとしておいた方がいいなと思ったので、私は彼を批難することもなく黙って彼の後ろを歩き続けた。

 二人とも黙っているからか、生徒会室までの距離がひどく長く感じられる。

 それからどれくらい黙り込んでいたのか、沈黙に耐えかねたようにジョシュアが口を開いた。




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[一言] アイリスが相変わらず怖い
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