037
「なんだ。随分と初心だな? ジョシュア・ユースグラット」
成り行きを見守っていたらしいセリーヌが、からかうように言った。
勿論彼の腕は、私の首をがっちりとホールドしたままである。
その腕を見て、私は彼が意外に着やせするタイプだというどうでもいいことを知った。
「い、いいから離れろ!」
ジョシュアがそんなセリーヌに反抗するように、無理やり私たちを引き剥がす。
おかげで少し私の首が絞まり、喉奥から押しつぶされた蛙のような声が出た。
「まったく。悪ふざけが過ぎますわ」
蛙の鳴き声を誤魔化すように、私はセリーヌを睨みつけた。
彼は一向に反省する様子もなく、ただ実力行使に出たジョシュアをにやにやしながら見つめている。
「あらあら、随分と乱暴なことをするではありませんか」
半裸のまま腕を組んで立っているセリーヌに、私はため息をついた。
「とりあえず、服を着てください。そのままだと風邪をひきますよ。ジョシュア様も落ち着いて。話はそれからです」
事態を収拾するため、私は声を張り上げ指示を出した。
そして、三人分のお茶を淹れるべく使用人部屋に向かう。
それにしても、自分で提案しておいてなんだがセリーヌが生徒会に入るとなるとこれからのことが段々不安になってきた。
女性姿の時は完ぺきな淑女を演じられるくせに、どうして男だと認知された途端あんないたずら小僧になってしまうのか。
ゲームの中では主人公相手に多少ふざける場面は見られたが、まさか私相手でもそのおふざけっぷりが発揮されるとは正直思っていなかった。
どういえば彼が言動を改めてくれるだろうかと考えつつ生徒会室に戻ると、そこでは制服に着替えたセリーヌが相変わらず意地悪そうな笑みを浮かべてジョシュアと睨み合っていた。
「いつまでも突っ立っていないで、座ったらどうですか?」
自分で思っていたよりも、とげとげしい声がでた。
どうやら自分で思っている以上に、私は苛立っているようだ。
大体、今日はいつもよりも多く仕事を片付けるつもりで補習を休んできたというのに、さっきからちっとも仕事が進んでいない。
私は言われるがまま応接セットで向かい合う二人にお茶を給仕すると、トレイに自分のお茶を残したまま自分用の執務机に向かった。
「おい、一緒に飲まないのか?」
セリーヌが不思議そうに言う。
「誰かさんのおかげで、仕事が全く進んでいませんので」
「まったく。これでも一応、俺は隣国の王族なんだがな」
「あら、敬ってもらいたいのなら、態度で尊敬を勝ち取っていただけると助かりますわ」
冷たく返事をすると、彼は黙って肩をすくめた。
「それよりも……」
するとそれまで黙って私たちのやり取りを見ていたジョシュアが、怒りに肩を震わせながら口を開いた。
「君たちは、この神聖なる生徒会室で何をしていたんだっ。まさか……不純な行為をしようとしていたんじゃないだろうな」
まさかこんな疑いをかけられるとは思わず、私は先ほどまで舌戦を繰り広げていたセリーヌと顔を見合わせた。
確かに生徒会室でふざけていたのは問題だが、まさかそんなことを疑われるとは思っていなかった。
だとしたら、私はジョシュアからそんなことをしそうな人間だと思われていたということだ。最近少し打ち解けてきたと思っていただけに、ジョシュアの言葉はショックだった。
「おいおい、俺にだって選ぶ権利があるぞ」
呆れたようなセリーヌの反論に若干イラついたが、彼がはっきり否定してくれて少しほっとした。
ここでまたふざけられたら、余計に拗れてしまいかねない。
「あら、それはこっちのセリフですわ」
書類に目をやりながら口だけで言い返すと、セリーヌがおかしそうに笑ったのが分かった。
「全く。俺の魅力が分からないとはかわいそうな女だ」
「スカート姿でよくそんなことが言えますわね。セリーヌ様はご自分の立場が分かっていらっしゃるんでしょうか?」
「分かっているとも。だからこうして大人しく生徒会室で着替えているんだろう。まったくあの娘さえいなければ……」
あの娘というのは、彼を付け回していたというアイリスのことだろう。それにしても、セリーヌを付け回しジョシュアにクッキーを渡そうとし、なおかつウィルフレッドと親密になろうとする。人のことを言えた義理ではないが、そんなに色々なことを同時にやろうとするなんて、忙しくないのかと思う。
せっかくヒロインに生まれたのだから、誰か一人を決めて攻略方法に沿って対応すれば、それで彼女は幸せな未来を手に入れられるはずなのだ。
まあだからと言ってウィルフレッドかジョシュアに狙いを定められると、私に没落の危険が及ぶので遠慮願いたいのだが。
とことん彼女とは分かり合えないなと自分の考えに耽っていたら、堪えかねたらしいジョシュアが立ち上がりそして言った。
「じゃ……邪魔をしてすまない!」
彼はそう宣言すると、入ってきた扉を開けて部屋から飛び出してしまった。
「何だあれ?」
「さあ……?」
残された私とセリーヌは、互いに顔を見合わせ首をかしげたのだった。




