036
「早いな。もう補習は終わったのか?」
授業が終わってから、まだそれほど時間は経っていない。
私はいつもミセス・メルバの補習を受けてから生徒会に参加しているので、セリーヌが疑問に思うのも当然だった。
「いえ。今日は片付けたい仕事があったので補習はお休みしたのです」
「そうだったのか」
見ると、セリーヌはズボンにシャツという動きやすい格好をして、長い髪を一つに縛り布で汗を拭っている。
どうやらここに来る前に、日課の鍛錬を行ってきたらしい。
だがスカート姿でなくても、彼はとてもではないが男には見えなかった。
むしろ汗ばんだ髪や肌がなまめかしく、騎士が赤面するのも納得してしまう妙な色気を放っていた。
――あ、この光景はゲームで見たスチルに似てるぞ。
不意に、前世の記憶がよみがえった。
スチルというのは、イベントなどの際に現れる美麗な一枚絵のことである。
確かゲームの中にも、セリーヌがこんな風に色化を放っていた場面があったはずだ。勿論それを目撃する相手は、主人公であるアイリスだったわけなのだが。
「おい、そんなに見つめられると着替えにくいんだが」
セリーヌにそう声をかけられ、私ははっとした。
ゲームのことを考えていたのがいけなかったのか、気づくと服を着替えようとする彼をじっと凝視してしまっていた。
「も、申し訳ありません!」
これではまるで、私がセリーヌに見とれていたみたいじゃないか。
突然恥ずかしくなり、私は慌てて回れ右をした。
「私のことは気にせず、早く着替えてくださいませ」
「そうか? じゃあ遠慮なく」
苦し紛れにそう言うと、後ろから返事と共に衣擦れの音が聞こえてきた。
それから、どれぐらい後ろを向いていたらいいんだろうと悩んでいると、突然しなやかな腕に首をがっちりホールドされた。
「うえぇぇ!?」
思わず裏返った声があがる。
どうにか抗って振り向くと、セリーヌの顔が驚くほど間近にあった。
「なんだ? 俺の着替えが見たかったんじゃなかったのか?」
そう言って、彼は中世的なその顔にいかにも意地の悪い笑みを浮かべている。
そうしていると、今度は女性には全く見えなくなるのだから不思議なものだ。
それにしても、この体勢は非常に困る。なにせよく見たら、セリーヌは上着を脱いだ半裸状態なのだ。
すると制服越しに感じられる彼の体温が妙に恥ずかしいもののように感じられて、私は一刻も早く逃げ出したくなった。
なにせゲームの中では見慣れた美貌でも、実際に触れあったことなどない相手である。手当の時には多少触れられたが、そんなもの比較にもならない。
「い、いいから放してください! 汗臭いです!」
「なんだとー? 言うに事欠いて汗臭いとはなんだ。美姫と名高いこのセリーヌ様を」
そう言いつつも、彼の非難の声にはこの状況を面白がる要素が多大に混じっていた。
「こういうことはアイリスさんにしてくださいよ」
この状況から逃げたいあまりに、私は思わずそう口にしていた。
「アイリス? なんであんな鬱陶しい女にそんなことしなくちゃならないんだ」
本気で不思議に思ったらしく、セリーヌが私の顔を覗き込んでくる。
そのあまりの近さに、私は顔から湯気が出そうだった。精神年齢三十越えといっても、特に経験豊富というわけではない。むしろこんな中世的なイケメンに接近されたら、経験豊富だろうが何だろうが動揺して当然だと思う。
なのでどうにか抜け出そうともがいていたら、ノックもなく先ほどセリーヌが入ってきた扉が開かれた。
「お、お前たちは何をしている!?」
間の悪いことに、入ってきたのはジョシュアだ。
彼は随分驚いているようで、目を真ん丸にしている。
だがそれよりも私は、彼が扉を開けっぱなしにしていることに慌てた。なにせここには、半裸姿のセリーヌがいるのだ。誰かにこの姿を見られでもしたら、とてつもなく厄介なことになる。
「それよりも早く扉を閉めてくださいませ!」
私の悲鳴に、ジョシュアが慌てて扉を閉める。
そして静まり返った生徒会室の中には、気まずい空気が流れた。




