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 マチルダは悩んでいた。

 それは、仕えている伯爵家の娘――シャーロットの様子が近頃おかしいからだ。

 乳姉妹でもあるマチルダは、小さな頃からシャーロットと一緒に育ってきた。

 シャーロットは内気な少女で、いつもマチルダの背に隠れているような子供だった。成長が遅く、幼少の頃はそれこそマチルダの方が何歳も年上に見られたものだ。

 伯爵夫妻が離縁して母親と離れ離れになると、シャーロットは何日も泣き続け自分の殻に閉じこもってしまった。

 マチルダはそんなシャーロットに四六時中付き添い、力の限り彼女を支えた。

 そこにはシャーロットが仕えるべき主だからというより、この弱い子供は自分が守らなければという使命感があった。

 そんなわけでマチルダの尽力のおかげか立ち直ったシャーロットではあったが、彼女は以前にも増して内向的な性格となった。親しく喋る相手はそれこそマチルダのみで、茶会などで一緒になる貴族の子供たちとは、一向に馴染むことができなかった。

 更にシャーロットにとって不幸だったのは、離婚によって伯爵の権勢欲に一層の拍車がかかってしまったことだろう。

 どうにか派閥のトップであるユースグラット公爵と縁づきたいと考えた彼は、次期王太子妃候補と目される公爵令嬢と己の娘が同い年であることに目を付けた。

 彼はシャーロットにエミリアと仲良くなるよう厳命し、娘の行動にいちいち指図するようになった。

 シャーロットびいきのマチルダはそんな伯爵に反感を持ち、クビを覚悟で意見しようとしたこともあったが、マチルダと離れたくないと泣くシャーロットに制止され言葉を飲み込んだことは数知れない。

 そんな環境がより一層、シャーロットは自分が守らなくてはいけないというマチルダの気持ちを強めたのだった。

 だが、王立学校に入学して少し経った頃――厳密にはユースグラット公爵家の夜会に出席し階段から転がり落ちた時から、シャーロットは変わってしまった。

 変化は突然で、そして劇的だった。

 おどおどして俯いて小声で話すだけだったはずの彼女が、療養中から既にまっすぐ相手の目を見てはきはきと喋るようになったのだ。

 この変化に、マチルダは驚いた。

 使用人が相手でもマチルダとしか喋れなかったような彼女が、きびきびと使用人に指示を出し果てには自ら父親に言い返すまでになったのだから。

 この頃マチルダは、シャーロットの変化は階段から落ちたショックによる一時的なものだろうと考えていた。

 ところがシャーロットは、傷が癒えても元の彼女に戻りはしなかった。

 どころか復帰初日から大量の課題を持ち帰るようになり、机に向かっている時間が増えた。

 あまり根詰めると体に良くないとマチルダは心配したのだが、どんなに注意してもシャーロットは無理を止めようとはしなかった。

 幼い頃からマチルダについて回り、マチルダの言うことならなんでも大人しく従ってきた、あのシャーロットがだ。

 ここに至って、マチルダは王立学校でシャーロットに何かあったのではないかと考えるようになった。

 例えばいつも意地悪をしてくるエミリア嬢から、彼女の分まで課題を押し付けられているのではないかというようなことである。

 伯爵はエミリア嬢と仲良くするよう、シャーロットに何度も何度も言い聞かせてきた。

 だからこそ逆らうことができず、シャーロットは毎日課題に追われているのではないかと。

 だが不思議なのは、大量の課題をこなしつつもシャーロットは決して不満そうではないのだった。

 確かに疲れている様子は見て取れるが、その顔は真剣そのもので、時には達成感からかひどく高揚していたりするのだ。

 そしてそういう時のシャーロットはとても陽気で、時にはマチルダ以外のメイドと談笑していることすらあった。


 ――何かがおかしい。こんなはずはないのに。


 マチルダの疑念は深まる一方だった。

 マチルダにしか懐かなかったあのシャーロットが、今ではむしろマチルダを遠ざけているようにすら感じられたからだ。

 そんな時、シャーロット宛に宛名のない手紙が届いた。

 マチルダには、シャーロット宛の手紙に危険なものがないかをチェックするため、手紙を開封する許可が与えられている。

 ペーパーナイフで綺麗にその封を開けたマチルダは、そこに書かれた文章を読み息を呑んだ。


『お前の秘密を知っている。ばらされたくなければ今日の夜森の近くの廃教会にこい』


 そこに書かれた秘密という文章に、マチルダは釘付けになり一瞬息をすることすら忘れていた。






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