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029


「あ、あ――……」


 どんなに考えても、うまい言い訳が見つからない。

 それは向こうも同じだったようで、呆然と口を開けたまま静止している。

 今なら逃げ切れるかもしれないと思い、穴の中から急いで這い出した。

 急いで駆けだそうとするが、肝心な時に足に力が入らない。どうやら無理に這い出したせいで足をひねったらしい。

 思わず舌打ちすると、我に返ったらしいセリーヌに呼び止められた。


「待て、シャーロット・ルインスキー!」


 名前を呼ばれて、ちょっと泣きたくなった。

 もう向こうは私をシャーロットだと認識している。逃げたところで後で呼び出されるのなら意味がない。

 私は諦めて体の力を抜いた。こうなったら、話し合いで平和的に解決するしかないだろう。

 見れば、セリーヌは今までの冷静な様子などかなぐり捨て、私を追いかけるために小さな穴を潜ろうとしていた。だが、私より長身なので当然苦戦している。


「分かった。逃げないから中で話しましょう。怪我したら大変だから戻って」


 鋭い眼光で私を睨みつけるセリーヌを見下ろしながら、私は内心で大変なことになったぞとため息をついていた。



  ***



 温室の中に戻った私は、半裸のまま私を睨みつけるセリーヌと相対していた。

 どうでもいいが、そんな恰好でいられては目のやり場に困る。


「もう逃げたりしないから、着替えをすませてくださいませんか?」


 そう言うと、己の格好を思い出したのかセリーヌがわずかに赤面する。


「絶対逃げるなよ」


 彼は照れ隠しなのか僅かに頬を染めて凄むと、そそくさと着替え始めた。

 詰め物を入れて制服を整えると、いつもの完全無敵のセリーヌ様が爆誕した。

 驚いたことに化粧はしていないらしい。知っていても本当に男性なのかと疑ってしまうような美貌である。

 だがその美しい顔が、今は不機嫌そうに顰められていた。

 彼は腕組をすると、再び私を睨みつける。そして苛立ちを誇示するかのように足先をとんとんと踏み鳴らした。


「さて、話してもらおうかシャーロット・ルインスキー。お前は一体何を見た?」


 ひっかけだろうか。私は迷い黙り込む。

 正直にセリーヌが男だと言えばいいのか、そ知らぬふりでなにも見ていないといえばいいのか。

 どちらにしろ、突き刺さりそうな視線を寄越すセリーヌを見れば、私を無事に返すつもりはないということが分かった。


「落ち着いてください。セリーヌ様。私は今見たものを誰にも話すつもりはありませんわ」


 こう言ってはみたものの、セリーヌとしてはとても信じられないだろう。

 彼女から見れば私はエミリアの派閥に所属するモブなのだ。私をこのまま帰せば秘密がエミリアにばれてしまうとでも思っているのか、彼女はぎらりと私を睨んで歯噛みした。


「信じられるか!」


 怒鳴りつけられて、なんだか納得のいかない気持ちになった。

 私が先に来て眠っていたのに、きちんと確認もせず着替え始めたのは明らかにセリーヌの落ち度だ。

 それなのにどうしてこんな風に怒鳴られなければいけないのか。そう考えるとふつふつと怒りが湧いてきた。


「では、どうお応えすればご満足なのですか? 勝手に着替え始めたのはそちらなのに、そのように怒鳴られても困ります」


 まさか言い返されるとは思っていなかったのか、セリーヌが言葉に詰まる。

 これはもう勢いで押すしかないと決心した私は、言い返す隙を与えないよう更に言い募った。


「見たといったらどうなるのですか? わたくしを脅しますか? どうせわたくしなど貴族の末席にかろうじて縋りついている身。あなた様であれば始末も容易でしょう」


 まさかこんなことを言われるとは思っていなかったのか、セリーヌはその上品な顔に似合わない大口を開け、更に口を開いたり閉じたりしていた。


「わ、わたくしは別にそのような……」


「でしたら、もう問題はありませんわね。授業がありますので、失礼させていただきます。今日見たことは決して他言しませんので、ご安心なさってくださいませ」


 そう言い捨てると、私は足早にその場を去った。

 ひねった足がずきりと痛んだが、そんなものに構っている暇はない。

 冷静なふりをしてセリーヌをまくし立てたが、私は私でひどく焦っていた。

 本当ならもっといい解決方法があったのかもしれないが――全ては後の祭りである。

 結局私は授業に遅刻してミセス・メルバに怒られてしまった。

 昨日に引き続き、今日もなかなかについてない一日だ。

 残りの授業は、セリーヌが今後どういう対応に出るのかを想像し、ほとんどが上の空になってしまった。

 

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