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002


「お医者様とお嬢様を呼んでまいりますね!」


 部屋を飛び出していったメイドを、呼び止める隙も無かった。


(お嬢様って、やっぱりエミリアのことだよね?)s


 だがまあ、分かったこともある。

 医者とエミリアがすぐ呼べる場所ということは、やはりこの部屋は広大なユースグラット公爵家のどこかなのだろう。

 エミリアを呼んでくると言われて、シャーロットとしての自分が慌てているのが分かる。

 叱責されるに違いないと怯えているのだ。

 だが一方で、会社員だった記憶を持つ私は彼女の危惧を一蹴した。

 階段から落ちて更に怒られるなんてどうかしている。シャーロットはエミリアの命令で王子の後をつけていたのだ。怒られるどころか、本当なら労災が下りてもいいぐらいだ。

 私は怒りを覚えた。

 エミリアに対してではない。そのエミリアに諾々と従うばかりのシャーロットに対してだ。


(大体、エミリアってシナリオによっては確か――)


 そんなことを考えていると、今度はノックもなく扉が開かれた。

 医者かエミリアが来たのかと思ってみてみれば、そこに立っていたのはすらりと等身の高い青年だ。日本人ではありえない紺碧の髪と目。鋭いまなざしと堅苦しく引き結ばれた薄い唇。白く整った面立ちに、全てのパーツが絶妙なバランスで配置されている。

 その姿に見覚えがあり過ぎて、私は眩暈を感じた。

 彼の名はジョシュア。ジョシュア・ユースグラット。エミリアの兄で、ユースグラット公爵家の継嗣。王太子ウィルフレッドの親友であり、なにより『星の迷い子』の攻略キャラのうちの一人である。

 予想もしていなかった人物の登場に呆然としていると、彼は遠慮もなくつかつかとベッドに近づいてきた。

 そして大業そうに腕を組むと、その鋭いまなざしで私を睨みつけたのだった。

 シャーロットならきっと委縮していたに違いない。けれど相手はまだ十八歳の若造だ。私はちっとも恐れる気にならず、むしろスチルと同じだなどという検討外れな感慨を抱いていた。


「シャーロット・ルインスキー」


「は、はい」


 名を呼ばれ、一拍遅れて返事を返す。元の名前とは似ても似つかないので、自分のことだと認識するには違和感があり過ぎる。


「君に聞かねばならないことがある。どうして殿下の後をつけるような真似をした?」


 案の定、彼の要件は見舞いなどではなく、王子をつけていて階段から落ちた理由を問うものだった。

 それはそうだろうなと、奇妙な納得がある。

 王子の後をつけるなんて決して褒められた行動ではないどころか、ともすれば王子の命を狙っていると思われても仕方のない行動である。

 いくら王子の動向が知りたいからといってそれを命じたエミリアもどうかと思うし、命じられるままに実行したシャーロットもどうかと思う。

 変に疑われて処分されてはたまらないので、私は早々に自白することにした。


「ええと、エミリア様に命じられまして……」


 私がそう言うと、ジョシュアはとくに驚くでもなく、ただ眉間に皴を寄せて大きなため息をついた。


「そんなことだろうとは思ったが……」


 どうやら彼は、この回答を予想していたらしい。

 まあ、普段のエミリアの言動や私と彼女の関係さえ知っていれば、どうしてこうなったのか推測することは容易いだろう。

 私の父である伯爵は王子の暗殺なんて企むような勇気はないし、そんな謀略を練る器も金もありはしないのだし。

 謝るのもおかしいので黙り込んでいると、彼は心底軽蔑したような目で私を見下ろし言った。


「君にもう少し良識があれば、このようなことにはならなかっただろうがな」


 いうが早いか、ジョシュアは足早に部屋を出て行ってしまう。

 部屋に取り残された私は、呆然とその背中を見送った。


(なんだそりゃ!)


 確かに彼の言うことはもっともだが、兄妹だったらまずは妹のエミリアの方に苦言を呈するべきである。それに、階段から落ちて傷だらけになった少女(・・)に投げかける言葉にしては、あまりにも辛辣だ。

 実年齢はとても少女とは呼べない年齢の私だが、だからこそ彼の物言いには納得のできないものを感じた。


(決めた! 妹も兄貴もろくなもんじゃないわ。ユースグラット公爵家なんて、とっとと縁を切ってやるんだから)


 決意を込めて握りこぶしを作ると、またずきずきと体が痛んだ。

 階段から落ちたということは全身打撲だろうか。この世界は医療が発達していなそうだから、骨を折ったり頭を打った様子はなくてほっとする。

 私は静かに、そして密やかに、ユースグラット兄妹と縁を切るための計画を練り始めた。


 

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