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025

 授業を終えた後、いつもの補習にはたくさんの女生徒が詰めかけた。

 事前に言ってあったので大きな混乱はなかったが、それでもいい気持ちではないのか、エミリアは不機嫌そうだ。


「全く暇な人たちね。こんなところに押しかける暇があるのなら、自分を磨けばよいのだわ」


 そう言うエミリアは、己のかつての所業などきれいさっぱり忘れてしまったらしい。

 私としては、そのあまりの代わりに身に苦笑する他ない。

 エミリアとセリーヌが睨み合い、部屋の中には気まずい空気が流れた。

 まさに、校内女子二大勢力の正面対決。

 セリーヌをここに招いたのは失敗だったかもしれないと思い始めた時、部屋の中にミセス・メルバが入ってきた。


「あら、今日の受講生は随分と数が多いのね」


 あらかじめ知らせてあったにもかかわらず、わざわざそう言うのは注目を自分に集中させるためだろう。


「ミセス・メルバ。あなたまでエミリアたちに加担を」


 鋭い口調で、セリーヌがミセス・メルバに食って掛かった。

 長身の彼女がそうすると大層威圧感があるが、ミセス・メルバは一切気にする様子を見せない。


「まあセリーヌ。補習に参加するとはいい心がけだわ。あなたには一度、きっちり令嬢としての基本姿勢を叩き込まなければと思っていたの。淑女たるもの、そんなきびきび動いてはいけませんよ」


 ミセス・メルバの慧眼に、私は息を呑んだ。当人であるセリーヌもまた、それは同様だったらしい。

 そして詰めかけた女生徒全員が呆気にとられる中、ミセス・メルバは補習授業を開始した。

 思えば一対一で始まったこの授業が、これほど大掛かりなものになってしまったことに気が遠くなる思いだ。

 人数が多いということで、今日は一人一人前に出て基本姿勢に対する注意点をミセス・メルバが指摘していくという一方的な授業となった。

 セリーヌとエミリアは、流石と言うか気品と存在感がずば抜けている。

 幼い頃から叩き込まれた所作は私から見ればお手本通りだと思うのだが、セリーヌは姿勢はいいが動きが大ぶりすぎると注意を受けていたし、エミリアは自己アピールもいいがもっと慎みを覚えるようにとお小言をもらっていた。

 最も、彼女たち以外はもっと遠慮なく多くの問題点を指摘されていたわけだが。

 改めて、女生徒全員のバックボーンや普段の立ち居振る舞いが頭に入っているミセス・メルバの記憶力には舌を巻く。

 ちなみに私も、例外なく彼女からの指導を受けた。

 最初から厳しい指導をお願いしている身なので、その指摘はむしろ他の女生徒に対するそれよりも多かったほどだ。

 最初、どうせ私は優遇されて手心が加えられるのだろうと思って見ていたらしいセリーヌたちは、私の番が終わる頃には自分が叱られたわけでもないのに真っ青になっていた。

 良くも悪くも彼女たちは貴族のご令嬢なので、あまり声を荒げるような場面に慣れていないのである。

 私がミセス・メルバにガミガミ叱られているのを見て、卒倒しそうな顔になっていた。

 どうやらミセス・メルバは、両陣営の毒気を抜くためにことさら私に厳しい指導をしたようだ。

 夕刻の鐘が鳴り、授業が終わるころになると、生徒たちは気疲れによるものか疲弊している者が多かった。


「疲れたわ。馬車を回して」


「ふん、覚えていなさい」


 エミリアとセリーヌがそれぞれに、取り巻きを連れて教室を出ていく。


「シャーロット。あなたは残って」


 ミセス・メルバに言われ、私は足を止めた。

 やっぱり、突然授業がこの人数になったのはまずかったのかもしれない。

 人の流れに逆らって彼女の元に戻ると、すれ違う女生徒たちから向けられる同情と憐憫の視線が目についた。

 彼女たちの顔からは最初にあったはずの毒気はすっかり抜けており、もう私に難癖をつけてくるような人は一人もいなかった。

 むしろ自分もまきこまれては堪らないとばかりに、足早に教室から出ていく。

 二人だけになると、あれほど狭苦しく感じられた部屋の中が広々として感じられた。

 私はミセス・メルバの目の前まで歩み寄ると、先手を取ってまずは謝罪をした。


「突然生徒が増えてしまって申し訳ありませんでした。あやしげな集まりをしていると疑いをかけられまして、直接何をしているか見てもらうのが早いだろうと思いまして。ミセス・メルバのやエミリア様の不利益になってはいけませんから」


 我ながら、ずるい言い訳だ。

 だって言い方を変えれば、自分につけられた難癖の解決をミセス・メルバに放り投げたも同じなのだから。

 だが、彼女はため息一つで私を許した。


「仕方のない生徒ですね。まあ、あなたの言い分は最もなので大目に見ますよ。それに、何がきっかけであれ、生徒がやる気になってくれるのはいいことだわ」


 久しぶりのミセス・メルバの笑みを見て、私はつくづくこの人には敵わないと思った。


「あなたのような方が、この学校で講師をなさっているのは僥倖でした」


「いやね。お世辞も言っても何も出ないわよ」


「本心ですよ」


 そうして、私たちは共犯者の笑みを浮かべて別れた。

 まだ日暮れまでは時間がある。

 私は今から生徒会室に行って、いくつかの仕事を片付けてしまおうと思った。

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