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「いいですか皆さん」


「シャーロット・ルインスキーは、エミリア様に取り入ってジョシュア様と親交を深めているのですわ。ルインスキー伯爵家の家格から言って、こんなこと許されるかしら?」


 砂糖菓子のように甘い声は、まるで耳に流し込まれる毒のようだ。

 ごくりと息を飲んで耳を傾けている少女たちは、声の主を憎く思っているにもかかわらず、否定の声をあげることはできない。

 なぜなら誰もが、心の奥底ではその声に同意しているから。

 ついこの間までパッとしなかった少女が、どうして急に生徒会役員になどなれるというのか。

 その役目は彼女らが血眼になって奪い合い、ついには取り上げられた羽根のついた玩具だった。

 お行儀がよくて愛らしい、手入れの行き届いた子猫たち。

 誰もが家のためによりよい結婚をするよう、小さな頃から言い聞かせられて育つ。


「皆さんは私がすべて悪いようにおっしゃいますけど、はたしてそうかしら?」


「彼女の方が、よほど罪深いのではなくて? あのエミリア様があれほど態度を変えてしまうのですもの。なにか尋常ならざる方法を使っているに違いありませんわ」


「……どういう意味かしら?」


 ついに問い返してしまったのは、特に目立つ青い髪をした長身の少女だった。

 冴え冴えとした美貌はまるで雪の女王のようだ。外見、家格共にエミリアと双璧と言われる彼女は、ふわふわの砂糖菓子じみた少女を突き刺すように見つめた。


「ごめんなさい。方法はわたくしにも分かりませんの。シャーロット嬢に、直接お聞きになってくださいな」


 そう言って、アイリスはまるで聖女のごとき微笑みを湛えた。



   ***



「シャーロット・ルインスキーですね」


 翌日登校すると、以前エミリアがやったように大量の女生徒が私を待ち構えていた。

 その中心にいるのは、ジョシュアより明るい青の色彩を持つ女生徒だ。

 私は彼女に見覚えがあった。それは彼女が顔見知りだからではなく、ゲームに出てきた名前を持つキャラクターだからだ。

 ――セリーヌ・シモンズ。

 社会勉強の名目で王立学校に通っている、隣国の王女だ。小国である隣国が、ウィルフレッドと娘を縁づかせようと送り込んできた美しきエミリアのライバルである。

 だが彼女は、名前を持つキャラではあってもライバルキャラというわけではない。

 彼女――いいや彼は実は攻略対象キャラなのである。

 権力闘争に巻き込まれるのを恐れた彼の母親は、娘と偽って彼を育てた。やがて彼は他の王女たちよりも美しく成長してしまい、父親に命じられるがままこの国にやってきたある意味不幸な身の上である。


(いやー、初めて間近で見たけど、本当に男? 肌のきめが細かすぎてシルクみたいですけど。ニキビの一つも見当たらない……!)


 私は状況を度外視して、ついついセリーヌを凝視してしまった。

 正しくは現実逃避していたともいう。だって、一応エミリアと親しいということになっている私に彼女が話しかけてくるなんて、面倒な予感しかしないからだ。

 彼女とエミリアは、対外的に見ればウィルフレッド王子をめぐるライバルということになっている。 

 更に言うなら彼女の後ろに集まっているのは、隣国と深いつながりを持つ貴族たちだ。

 また校舎裏へ呼び出しかと思ったら、なんだか気が遠くなった。


(私の何が気に喰わなかったんだろう? セリーヌ様に睨まれるようなことしたっけ?)


 いつも冷静沈着で、色彩ともどもユーザーから様付けて呼ばれていたセリーヌである。

 ゲームシナリオだと、主人公が偶然セリーヌが着替えているところに居合わせてしまい、秘密を共有するところからどんどん親しくなっていくという設定だ。

 アイリスはキャラクターを全員攻略するつもりのようだったが、フルコンプはしていないようだったので彼の秘密を知っているかどうかは今一つ予測がつかない。


「ええと、皆さんは一体……?」


 とりあえず当たり障りのない返事をしてみたが、彼女たちの鋭い視線は一向に止む様子がない。


「一体どのような手をお使いになったのですか?」


「へ?」


「あなたのような方が生徒会役員に相応しいとは思えません。だというのにエミリア様はそれを黙認なさっている。信じられませんわ」


「あなたがエミリア様を含む少数の女生徒を集めて、怪しげな集まりをしているともっぱらの噂ですのよ」


 セリーヌの後ろにいる女生徒たちが、口々に言う。

 それにしても怪しげとはひどい誤解だ。

 私たちはまっとうに勉学に励んでいるだけだというのに。

 まあ、まっとうというには多少スパルタ気味である感は否めないが。


「そんなに言うなら、一度見にいらっしゃいますか?」


 口で説明するより、直接説明する方が早いだろう。

 私の申し出に、周囲を取り囲んでいた生徒たちはざわめいた。


「見せても私たちにはなにもできないと……?」


「よほど自信があるようね」


「その秘術さえあればわたくしも、上位貴族との結婚がっ」


 そのざわめきに耳を傾けていると、どうやら彼女たちも一枚岩というわけではないらしい。

 あんまり期待されると、逆にがっかりさせてしまうかもと思い申し訳ない気持ちになる。


「でもあの、そんな大したことをしているわけじゃ……」


「あら、やっぱり隠すおつもりですの?」


「ずるいですわ! 自分たちだけ勝ち逃げするつもりですのね!」


 期待値を下げておこうと思ったのだが、敵意をあおるだけになってしまった。

 どうもこの国の貴族たちには暴走癖があるようだ。勿論エミリアもしかり。

 その時、ずっと黙り込んでいたセリーヌがおもむろに口を開いた。


「では下手な小細工ができぬよう、本日お邪魔してもよろしいかしら?」


 その艶っぽい笑みに、本当に彼は男子生徒なのかと疑いたくなる。

 攻略対象キャラなのだから美形なのはわかるとして、年齢的に女装が厳しくなりそうなものだがちっとも不自然なところがない。


「ど、どうぞ」


 その迫力に押されて、思わず同意してしまった。

 それにしても、埋没しようと努力すればするほど、面倒ごとに巻き込まれてしまうのはなぜなのか。

 とにかく、授業に出席するため私は彼女たちと分かれ教室へと急いだのだった。

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