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023


 ろうそくに明かりをともし、うつらうつらとしながら明日の予習に励む。

 もうこんな生活を始めて、どれくらいになるだろうか。

 階段から転がり落ちた時以来だから、もう三月(みつき)は経つはずだ。

 ちなみにこの世界は日本のゲームなだけあって、暦も太陽暦が採用されている。どこの星だか知らないが自転も公転も地球のそれと同じで、暦も十二か月の三百六十五日だ。太陽は東から昇り西に沈む。生活様式は違っても根本的なことは日本と変わらないので、大きく取り乱すことなくこうしてやっていられるのかもしれない。

 こちらでは歴史こそ違うものの、算術に関してはかなり日本での勉強が役に立っている。

 文字については、前世の記憶が戻る前に学んでいたものを違和感なく用いることができている。たまに漢字や平仮名が恋しくなることもあるが、こればっかりは仕方ない。


「お嬢様、そろそろお休みになられませんと明日に差しさわりますよ」


 心配そうに温めたミルクを運んできてくれたのは、マチルダだった。

 子供のころから姉妹同然に育ったこのメイドは、大人しくて父親に疎まれることの多かったシャーロットのことをいつも気にかけてくれる。

 それはそれでありがたいのだが、今ではすっかり様子の変わってしまった主人に、なにやら疑念を抱いているようである。


「大怪我をして以来、本当にシャーロット様はお変わりになられて……やはりなにかあったのですか? このマチルダに話してください。なにかお力になれるかも……」


 彼女が、誠意で申し出てくれていることは分かっている。

 けれど前世の記憶に引きずられているとはいえこれが今の私の性格だし、正直にこの世界がゲームの世界だと気づいたなんて言ったって余計に心配されるのがオチだ。


「ありがとうマチルダ。でも大丈夫。好きでやってることだから」


 うーん好きでと言うか、アイリスに対する敵愾心故と言うか。

 最近はエミリアが真面目に学業に取り組むようになったことで、学校内での彼女の噂もどんどんいい方に傾いているらしい。

 私には友達がいないのでよく分からないが、一緒に特別授業を受けている取り巻き達によると、前はエミリアを遠巻きにしていた令嬢などとも、最近は話しかけてきたりするのだそうだ。

 確かに現在絶賛自己改造中のエミリアは、外見こそそれほど変化はないが立ち居振る舞いに品が出て物腰も柔らかくなった。

 そうしていると本当に手本のごときご令嬢である。

 根が素直で学んだことをぐんぐん吸収しているので、ミセス・メルバも感心していた。

 仕方なく付き合わされていた取り巻き達も、最近では特別授業の成果か、周囲の態度が変わってきたと喜んでいる。

 中には格上の家柄から結婚の申し込みがあった娘もいて、この間など本気の目で『一生ついていきます』と言われてしまった。

 いや、この間まであなたたち私をハブろうとしてたじゃないかと、指摘するのはさすがにやめておいた。

 不良生徒たちが更生して教師たちも喜んでいるのだし、こんなところで妙に水を差すことはない。

 それに本当だったら一緒に没落ルートをたどっているはずだった取り巻き達が、幸せになれそうならそれは願ってもないことだ。

 彼女たちと同じように、私も自活の道という幸せを掴みたいところである。

 結婚は――望み薄だな。なにせモブ全開の顔立ちだし、貧乏伯爵家だし。

 いや、爵位を欲しがっている豪商だったらまだワンチャン? しかし伝手がない。絶望的なほどに。

 それに、結婚して没落ルートを逃れたとしても、今度は相手の男性に苦労させられそうな気がする。

 前世でも独身貴族を謳歌していたので、やっぱり私には独立の方が性に合っていそうだ。

 というかそのために女性のやっかみを買いつつ生徒会役員などしているのだから、直裁に言うと見返りが欲しい!

 実際エミリアと和解した後でも小さな嫌がらせなどは受けていたりするので、見返りの一つも用意して貰えねば性に合わない。

 ミセス・メルバに、もう一度念押ししておこうと私は決めた。

 補佐から役員になったことで、卒業後の口利きをしてもらうという約束が不意にされては大変だ。

 彼女は約束を破るような人ではないが、なんだか最近、妙な横やりを感じるのだ。

 気のせいかも知れないが、最近とみに嫁入りに対する心得のような授業が増えている。エミリアの王妃教育に付き合っているのだから当然かもしれないが、それにしては宿題として出されたこの『上位貴族の家に嫁入りしたら~女主人としての心得~』は妙に限定的な内容じゃなかろうか。

 『横やりを入れてくる親族との付き合い方』の項など、随分実践的である。

 学校で習うような内容じゃないだろうと思いつつ、野次馬的好奇心でついつい読み進めてしまうのだった。


(それにしても、どうして例題が『公爵家に嫁いだ場合』で設定されてるのかな? それこそ、エミリアには不要な知識なのでは……)


 例の取り巻きの一人が求婚を受けた上位貴族というのも確か侯爵子息だったはずだし、私は首をかしげつつその課題を終わらせた。

 一日勉強と生徒会役員の仕事に精を出し、ベッドに入る瞬間の幸福感は言葉では言い表せない。

 こうして私は、翌日とんでもないことが起こるなど予想だにせず、いつものように安らかな眠りについたのだった。



 

 

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