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018


 その日、私は生徒会室に残って書類の整理をしていた。

 本当に、こんなにたくさんの書類をよくぞため込んだものだ。

 これじゃあ後で探すのが大変だし、いくら生徒会室が広かろうとため込むことのできる量には限界がある。

 最初はエミリアがやると言い出したのだが、整理整頓などしたことがないそうで何をどうしていいか分からずパニックになっていたので先に帰らせたのだ。

 まあ私も、いつかは手を付けなければと思っていたので今日がそのタイミングなのだろうと書類の整理に熱中していた。

 生徒会室の中には、珍しくウィルフレッド王子とジョシュアが揃って机に向かっている。

 誰も口を開かないので、部屋の中はとても静かだった。


「妹が世話になっている」


 そんな中、突然ジョシュアが口を開いたものだから、私は最初ウィルフレッドに対して言っているのかと思った。

 なので自分は関係ないとばかりにもくもくと仕事を進めていたら、後ろからもう一度声がした。


「妹が世話になっている」


 どうしてウィルフレッドは返事をしないのだろうと不思議に思って振り向くと、いつの間に机から離れたのかジョシュアがすぐ近くにいてびっくりした。

 いくら贅沢な毛足の長い絨毯が敷いてあるとはいえ、足音も気配も消し過ぎだと思う。


「うわぁ!」


 驚きすぎて、思わず手に持っていた書類の束を放り出してしまった。


「何をやっているんだ」


 ジョシュアが呆れたようにため息をつく。

 いや、どう考えてもそっちが悪いと思うんですけど。

 ジョシュアが腰をかがめて書類を拾い始めたので、私も慌ててそれに倣った。

 というか、第一印象が敵意むき出しだったので、まさか書類を拾ってくれるなんて思わなかったのだ。

 そりゃあゲームの中では多少優しかったけど、それは相手が主人公だったからだしね。

 書類を拾い終えると、私たちの間には気まずい沈黙が流れた。

 お礼を言わなければと思うのだが、どうもジョシュアが怒っているような気がして口を開く気にならないのだ。

 静寂を打ち破ったのは、驚いたことにウィルフレッドの笑い声だった。


「はははは!」


 ぎょっとしてそちらをみると、ウィルフレッドが耐えられないとばかりにお腹を押さえて笑っていた。

 なにがそんなに面白いのかと、私たちは困惑する。


「はは……ジョシュ、もっとわかりやすく言わなければ伝わらないよ。シャーロットはお前の不器用に慣れていないんだ」


 笑いが収まってきたのか、ウィルフレッドがこんなことを言った。

 ジョシュアが不器用だという評価がウィルフレッドの口から出たのは、少し意外だ。

 生徒会の仕事をほとんど一人でこなしてしまったり、私は彼をなんでもそつなくこなす器用な人だと思っていたから。

 途端にジョシュアが、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「ウィル……」


「こら、恐い顔で睨むなよ。シャーロット嬢が怯えてるぞ」


 別に怯えてなんていなかったが、ジョシュアはウィルフレッドの言葉を確認するかのように私の顔を覗き込んだ。

 紺碧の瞳はまるで深い海のようで、間近で見ると吸い込まれそうになる。


「べ、別に怯えてなどいませんわ。その……書類を拾っていただいてありがとうございます。それで、わたくしに何か御用でしたか?」


 なんだか妙な雰囲気なので話を仕切り直すと、ジョシュアがそうだったとばかりに口を開いた。


「ああ、いや……妹が随分世話になっているようなので、その礼をな。真面目に授業を受けていると聞いて、俺も驚いた」


「それでしたら、別にお礼を言っていただくようなことではありませんわ。立派なのは頑張っていらっしゃるエミリア様ご自身ですから」


 これは謙遜ではなく本音だった。

 自分の考えを変えるというのは、そう簡単なことではない。

 けれど今のエミリアは、以前の自分を反省して変わろうとしている。

 きっかけは何であれ、それは彼女自身の頑張りに他ならない。

 すると、本格的に興味をひかれたのかウィルフレッドがペンを置いた。


「なるほど。ジョシュの話通り君はなかなかに変わっているようだね」


 一体王子にどんな説明をしたのだろうか。

 私は軽くジョシュアのことを睨んだ。これで政務官の道が閉ざされたらどうしてくれる。

 なんで睨まれたか分からないのか、ジョシュアは怪訝そうな顔をしている。


「ああ、誤解しないでくれ。ジョシュは君のことを褒めていたよ。なかなか見込みがあると」


 どうやら悪口を吹き込んだわけではなく、むしろ褒めてくれていたらしい。


「そ、そうなのですか……」


「ウィル!」


 私は意外に思った。

 そりゃあ先日のエミリア生徒会室襲撃事件で誤解が解けたとはいえ、まだまだ親しいというにはほど遠い間柄だ。

 むしろ、エミリアの暴走によりなりゆきで生徒会役員になったため、彼は私を疎ましく思っているだろうとすら感じていた。

 ウィルフレッドに非難の声をあげたジョシュアは、気まずげに片手で顔を覆っている。


「私も驚いた。あれほど生徒会に人を入れることを拒んでいたジョシュアが、君ならと役員に推薦してきたんだから」


 これにはさすがの私も驚き、顔を覆ったままのジョシュアを思わず見上げてしまった。

 てっきり私が役員になったのはエミリアの暴走だとばかり思っていたのだが、裏ではジョシュアが私を推薦してくれていたらしいのだ。


(し、信じられない……)


 私は何とも言えない気持ちになった。

 アイリスに睨まれた時のことを思えば、生徒会役員になったのは決して喜べることではない。

 けれど決して私を認めようとしなかったジョシュアが推薦してくれたのだと思うと、今まで頑張ってきたのが報われたようでどうしても顔がにやけてしまう。


「だらしのない顔をするな」


 いつの間に顔を覆うのをやめたのか、ジョシュアが呆れた顔でこちらを見下ろしていた。

 さすがゲームの中でもツンデレポジションなだけある。すさまじい変わり身の早さだ。


「申し訳ありません。もとからこのような顔ですので」


 売り言葉に買い言葉でつい皮肉を言うと、ウィルフレッドが嬉し気にくすくすと笑った。


「歓迎するよ、シャーロット。ようこそ生徒会へ」


 王子のきらきらとした微笑みに、こんなはずじゃなかったと思いつつ私の顔はにやけたままだった。


 

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