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017


 その日から、エミリアは変わった。

 真面目に講義に出て、授業態度も熱心そのものだった。

 クラスメイトや教師たちは、一体何があったのかと噂し合った。

 ミセス・メルバに何があったのかと聞かれたが、それは私の方が聞きたい。


 ――ドン引きさせて距離を取ろうとしたら、まさか逆効果になるなんてー!


 すぐに飽きると思っていたのに、エミリアはどこまでも私についてくる。

 たとえばミセス・メルバの特別授業も、自分も参加したいと言ってきたほど。


「そこはもっと深く腰をかがめて!」


 今も、取り巻きを引き連れて礼儀作法の授業を受けている。

 さすが公爵令嬢というべきか、全ての所作が優雅で隙が無い。

 だがそこはやはりミセス・メルバというか、エミリア相手でも容赦なく間違いを指摘していて、そのたびにエミリアの笑顔にひびが入るのが分かった。


(いいぞミセス・メルバ! もっと言ってやって! そしたらエミリアも投げ出すかも……っ)


 私は彼女に最後の望みをかけた。

 ちなみにこの間、私と他の取り巻き達はエミリアの十倍ぐらい注意を受けている。

 ただお淑やかそうにしているだけに見えて、貴族の礼儀作法というものは奥が深い。


「はい、いいでしょう。今日の授業はここまで」


 ミセス・メルバの合図に、私たちはかがめていた腰をまっすぐ伸ばした。

 お辞儀には色々種類があり、相手や場面によって腰のかがめ具合や頭の下げる角度を変えなければならないという。

 これは宮廷で働くようになっても必要な技能ということで、私は必死になって覚えているところだった。


「さて、エミリア・ユースグラット」


 指導が終わったと一息ついた瞬間、ミセス・メルバがエミリアの名を呼んだ。


「シャーロットと同じ授業が受けたいというから許可しましたが、公爵令嬢のあなたにとってはこんな授業退屈だったのではないのですか?」


 これには、さすがの私も驚いた。

 ミセス・メルバは、指導こそ厳しいが学ぼうという意欲がある生徒には寛大な人だ。

 だからまさか、授業が終わった後になってエミリアを試すようなことを言うなんて、思ってもみなかった。

 確かにエミリアは今まで彼女の授業をサボることが多かったので、一言言ってやろうという気持ちになっても仕方ない。

 私自身エミリアには早く飽きてほしいと願ってはいたが、だからと言ってせっかくやる気を出した生徒に彼女がそんなことを言うなんてと少し悲しい気持ちになった。

 そしててっきり怒ると思っていたエミリアの返事は、更に意外なものだった。


「退屈……とは思いませんでしたわ。不思議と」


 彼女はまっすぐにミセス・メルバを見つめ、言った。


「わたくし、幼い頃から礼儀作法の授業が大っ嫌いでしたの。あれもダメこれもダメと叱られてばかりで。お兄様は外で剣術の授業を受けているのに、女の子はなんて退屈なんだろうと思いましたわ。学校に来てまでそれを学び直す意味が分かりませんでしたわ。ならば、その時間をもっと有意義に使おうと思いました」


 エミリアが授業をサボる理由。

 今までそんなこと気にしたこともなかったので、真面目にそう語るエミリアを意外に思った。

 ミセス・メルバは、そんなエミリアを叱るでもなくただまっすぐに見つめている。


「では、今も無駄だと思うのですか?」


 ミセス・メルバの問いに、エミリアはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。一人ではなく複数人で授業を受けることで、自分の礼儀作法について客観視することができました。どうやらまだまだ学ぶべきことはあったようです」


 思わず息をのんだ。

 十六歳という年齢でありながら、エミリアは物事の本質を理解する賢さや、異質なものを受け入れる度量がある。

 私は今まで彼女のことをテンプレの、高飛車なお嬢様だと思っていた。

 だからゲームのシナリオから遠ざかるために、すぐに彼女と距離を置こうという結論に至った。

 でも彼女は実はそんな単純な人格ではなくて、自分が間違っていたことを認めることのできる強い人だ。

 悪役令嬢のエミリアではなくこの(・・)エミリアなら、仲良くしたいし没落してほしくないなと素直に思う。 


「よろしい。さすが公爵家の姫ですね。今後もその気持ちを忘れないように」


 滅多に人を褒めないミセス・メルバが、エミリアを褒めた。

 これにはエミリアとその取り巻き達も、驚いたような顔をしている。

 横に並んで呆けた顔をしている面々に、ミセス・メルバがうっすらと口元を歪めた。


「なんですかその気の抜けた表情は! 貴族なら胸の裡を容易く相手に悟られてはなりませんよ!」


 打って変わって厳しい言葉に、私たちの顔が引き締まる。

 私にはミセス・メルバが一瞬笑ったように見えたのだけれど、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。

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