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016


 私はめげずに忙しいながらも地味な生活を続けようとしたけれど、無理だった。

 なにせエミリアが私を放っておいてくれないのである。


「シャーロット! 次は何をしますの? 何でもお手伝いしますわ」


 ルビーのような赤い目を輝かせて、今日も何か手伝おうと私のもとにやってくる。

 少し前まで立派に悪役令嬢をやっていたくせに、今ではまるでプライドは高いが懐くと一途な大型犬のようだ。


「て、手伝いですか……?」


 私は自分の顔が引きつっているのを感じた。

 没落ルートから外れるためエミリアと距離を置こうとしただけなのに、一体全体どうしてこうなったのか。


「そうです。わたくし思いましたのよ。シャーロットはいつも忙しそうだなと。それこそ、声をかける隙もなかったぐらいですわ。わたくし、あなたとお話したかっただけなのに」


 どうやら、少し前までの自分の行いを忘れてしまったわけではないらしい。

 ――が、なにやら都合よく書き換えられている模様だ。

 声をかけようとしていたのは、言いつけに逆らった私に苦情を言うためだろうに、そのことは彼女の脳みそから綺麗に抜け落ちてしまっているらしい。


「そ、そうでしたの? 申し訳ありません。授業に遅れていたので、取り返すのに必死だったものですから」


 嘘は言っていない。

 事実前世を思い出す前のシャーロットの成績はぼろぼろだった。

 理由はエミリアに付き合って授業をサポタージュしていたせいだが、その辺りのことは藪蛇になりそうなので黙っておく。


「長くお休みしていましたものね。でも、高等貴族に下位貴族の教師による授業なんて必要かしら? わたくし国王陛下を敬愛しておりますけれど、未だにこの学校を続けている意図については懐疑的なのです」


 やはり人はすぐに変わらないもののようで、授業に対して身が入らないところは今も変わっていないらしい。

 なので私は、余計なことと思いつつもつい反論してしまう。


「エミリア様はなんでも誉ある公爵家のご令嬢ですからそう思われるのかもしれませんが、わたくしのように実家の力が弱い貴族にとってこの学校というものは大変ありがたいものなのです」


 すると、まさか口答えされると思っていなかったのかエミリアが目を丸くする。


「あら、どういう意味かしら?」


「将来、わたくしの見た目ではいい結婚も望めそうにありませんので、自活の道を探求しようと思いまして。そのためには、この学校での評価がとても大事になってくるのです。当家には頼りになる伝手もありませんし……」


 言っててなんだか悲しくなってきた。

 いや、本当のことなんだけど。

 私がまさかここまであけすけな主張をするとは思っていなかったのか、エミリアは目を丸くしていた。

 ちなみに後ろにいる取り巻き達は、身に覚えがありそうな気まずそうな顔をしている。


「まあそんな。将来を悲観するものではないわ。貴族ですものシャーロットだって結婚ぐらい……」


 エミリアが言いたいことも分からないではない。

 貴族なのだから金さえ積めば結婚できると言いたいのだろう。

 だが、世の中それほど甘くはないのだ。


「いえ、持参金も碌につけてもらえなそうな状況なのです。最悪どこぞの年寄りに売り払われる可能性もあります。それぐらい貧窮した状態なのです」


 私の目がマジだとやっと分かってくれたのか、もうエミリアは言い返しては来なかった。

 むしろ私を取り囲んでいた面々からは、同情の空気すら感じる。

 いくら何でも直截に言い過ぎたかもしれない。

 まあいいか。別にこれは親の恥ではあっても、私の恥ではないのだから。


「だから私は、学業に打ち込んでいるのです。伯爵の娘として定められた将来ではなく、自分で未来を選ぶために。勿論、エミリア様のお考えも分かります。ですから、わたくしたちはもうどうやっても相容れないのかもしれませんね」


 そういうわけだからもう放っておいてくれないか。

 最後の最後に残しておいた本音を、私は口にはせず飲み込んだ。

 エミリアだって馬鹿じゃない。ここまで言えば分かってくれるだろう。

 ゲームのこともあるし、私たちはお互いに関わらない方が幸せなのだ。

 だが、彼女の行動はどこまでの私の想像を超えていた。


「なんてかわいそうなシャーロット!」


 そう叫んだかと思うと、突然エミリアが抱き着いてくる。

 たわわな胸を押し付けられ、喉の奥から奇妙な悲鳴が漏れる。

 犬のおもちゃとかを押すと鳴る音っぽいやつだ。


「貴族でありながら自活を目指すだなんて、なんて立派なのかしら! わたくし、間違っておりましたわ」


 ふざけているのかと思ったら、どうやら本気で感動しているらしい。

 彼女は感極まった声をあげ、強い力で私を抱きしめながらなおも叫んだ。


「決めましたわ。わたくしもシャーロットと同じように、学業に邁進いたします。それが、生徒会執行部としての務め!」


 どうやら、私はエミリアの妙なスイッチを押してしまったらしい。

 こんなはずではなかったのにと、私はエミリアの胸に顔を押し付けられつつ虚しい気持ちになった。

 アイリスにも敵認定されてしまったようだし、ゲームはどうやっても私をシナリオから退場させてくれないつもりらしい。




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