014
翌日、いつものように馬車で登校すると、見覚えのある光景が私を出迎えた。
取り巻きを引き連れたエミリアが、校舎前のポーチで私を取り囲んだのである。
「ごきげんようシャーロット」
相変わらず縦ロールがきまっているエミリアは、化粧もばっちりで全身から自信が満ち満ちている。
昨日別れた時とは大違いだ。
私と同じように馬車で登校してきた生徒たちは、こちらを盗み見つつも関わり合いになるのを避けようとしているのは明白で、一様に迂回して校舎へと向かう。
直接助けなくてもいいから先生でも呼んできてくれればいいのにと思うが、救いの手を当てにするのはやめておいた方がよさそうだ。
「おはようございますエミリア様」
基本的にお行儀のいい人たちなので殴られたりはしないだろうと思いつつ挨拶すると、エミリアはそんなことお構いなしで素早く私の手を握った。
いきなりのゼロ距離である。
昨日から思うのだが、実は彼女は暗殺者として特殊な訓練を受けているんじゃないかと思う。
なにせこちらが反応できないほど、素早い動きをして見せるのだから。
「え、え!?」
手を握られたことに気付いて思わず後ずさろうとすると、エミリアは更に身を寄せて熱っぽい瞳をこちらに向けてきた。
「わたくし、改心しましたの。いつも手に入らないものを妬んでばかりで、己の努力が足りなかったのだと」
「は?」
てっきりいつもの癇癪が爆発するのかと思っていたら、どうも違うらしい。
彼女はスチルになるんじゃないかというぐらい眩しい笑顔で、私を見つめていた。
「お兄様に伺いましたの。シャーロットはわたくしの庇護下から離れ、その身一つで学業に身を投じ完全なる善意で生徒会のお仕事を手伝っていたと……わたくし感服いたしましたわ」
一体ジョシュアはどのような伝え方をしたのだろうか。
というかそもそも、学業って一人では危険みたいな言われ方をするものだっけ?
どこかの戦場と間違っているのだろうか。
「い、いやー。完全なる善意なんて言い過ぎじゃ……」
あまりのことに、思わず素がでてしまった。
あんなに厳しく礼儀作法を叩き込んでくださったのに、ミセス・メルバごめんなさい。
「ああ! なんて謙虚なのでしょう! みなさまもシャーロットを見習って学業に打ち込むのです。そして共に陰ながら殿下とお兄様を支えましょう!」
いや、全校生徒の前で宣言しておいて何を陰ながらとか言っちゃってるんですか。
先ほどまで見て見ぬふりをしていた生徒たちが打って変わって、唖然としたようにこちらを見ているのが分かった。
かつての同僚である取り巻き達は、顔をこわばらせて口元に笑みを貼り付けている。
「ほ、本当に素晴らしいですわ!」
「シャ、シャーロットさん。あなたはわたくしたちの誇りよ」
「そ、そうよ。そうよ」
動揺が隠せない彼女たちを横目に、私はエミリアを見た。
その目にはまるでヒーローに憧れる子供のように無垢な光が宿っていて、とても結構ですとは言い難い雰囲気だった。
ジョシュアには、一体どのような説明をしたのだと小一時間問い詰めたいくらいだ。
「あ、あはははー……」
とにかく自分を落ち着けるために笑ってエミリアの熱意を受け流していると、彼女は更に驚くようなことを口にして見せた。
「わたくしたちは執行委員として、新たに生徒会役員となったシャーロットを全面的にバックアップしていきますわ!」
「え!?」
一体何がどうしてそうなったのか。
もう乾いた笑いを浮かべている場合ではなかった。
(いやいや、正式な生徒会役員になるのなんて望んでないからー! そんなの他の女生徒にどんな顔されるか……ってそれ以前にそれってウィルフレッドルートのヒロイン邪魔してない!? 私がライバルキャラになっちゃうんじゃない!?)
あまりのことになんて言っていいかもわからず動揺していると、エミリアの肩越しにアイリスがこちらを見ているのが分かった。
ピンクのふわふわした髪に、新緑の輝く目を持つこの世界のヒロイン。
彼女の視線に殺傷能力があったら、間違いなく私はこの場で息絶えていただろう。そう思わせるほど鋭い憎悪が、モブである私に突き刺さる。
一方で本来のライバルキャラであるはずのエミリアは、小声で熱っぽく私を讃える言葉を並べ立てていた。
いや、ほんとにどうしてこうなった。
今日からそっくりの双子が登校してきていると言われた方が、まだ説得力があるぐらいである。
(なんでー? 私はただモブに徹して没落を回避したかっただけなのに!)
一向に止む様子のないアイリスの圧のある視線に、暗い未来を想像して思わず背筋が震えた。