012
さて、その日から力量が認められたのか何なのか、私に回される書類の枚数が一気に増えた。
ただでさえ暇がなかったというのに、これでは一層アイリスの動向をうかがう時間が作れそうにない。
どうしたものかなと考えていたら、チャンスは向こうの方からやってきた。
なんとジョシュアが、議事録の清書を別の者に任せる代わりに、私には生徒からの要望の仕訳をしてほしいと言い出したのだ。
生徒からの要望の仕訳はそれこそ生徒会の仕事ではと思うのだが、取るに足らないような案件も多くかねてから資料の精査を誰かに任せたいと思っていたらしい。
(もしかして、少しは信用してもらえた?)
会うと必ず眉間に浮かんでいる皴も、少し薄くなったような気がする。
別に好かれたかったわけではないが嫌われたかったわけでもないので、彼の態度が軟化したのは私にとっても嬉しいことだった。
ついでに言うとその生徒からの要望の仕訳こそ、ゲームの進行状況を知る絶好の情報源になったのだ。
『第二学年のアイリス・ペラムは、婚約者のいる男子生徒に対して馴れ馴れしくし過ぎている。生徒会から注意してほしい』
『学内でミス・コンテストをするのはどうだろうか? 自分はペラム男爵令嬢であるアイリス嬢を推薦する』
『学校内で商売を行っている者がいる。風紀の乱れだ』
『エミリア・ユースグラット嬢が下位貴族であるアイリス嬢をいじめていた。なんとかしてほしい』
『アイリス・ペラムが男子生徒を侍らせている! 破廉恥だ!』
『エミリア様がアイリス嬢を叱っておられたのは、彼女が男子生徒に色目を使うせいです。エミリア様に罪はありません!』
そんな感じで、要望の八割はアイリスに関するものだったのだ。
これにはガッツポーズを通り越して、あきれ果ててしまった。
だってなんなのか、この報告内容は。
生徒会に対する要望というのはもっと、カフェテリアのメニューにオムライスを加えてほしいとか、制服のスカートをもっと短くしたいとか、そんな他愛もないものなんじゃないのか。
しかもこれらの要望を信じるなら、主人公であるはずのアイリスはあまりにも周囲の恨みを買い過ぎている。
一部男子生徒からは絶対的な支持を得ているようだが、そんな八方美人のビッチキャラが全年齢対象乙女ゲームのヒロインであっていいはずがない。
「いったいこれはどういうことなの?」
書類を仕分けしていた私は、訳が分からずまいってしまった。
私はてっきりアイリスはウィルフレッドルートに入っているものだとばかり思っていたのに、現実はそうではないらしい。
生徒からの要望を精査していくと、どうもアイリスはすべての攻略キャラクターの親密度をまんべんなく上げようとしているらしいのだ。
だが、ゲーム知識がある私からすれば、無駄な行動も多い。
(攻略対象を知っていることから、アイリスも転生者である可能性が高い。でも、それならどうして無駄の多い攻略の仕方を? あらかじめ分岐を知ってれば、もっと効率のいい方法があるはずなのに)
要望から得た情報には、首をかしげたくなる点がいくつもあった。
ついでに言うとこの中の二割ぐらいは、エミリアとアイリスの間の確執について告げ口したり擁護したりする内容だ。
どうやら私がエミリアと距離を取っている内に、彼女はアイリスと何度も衝突していたようだ。
だがこれらの要望を読む限り、エミリアはアイリスを憎む女子生徒から一定の支持があるようだ。
確かに彼女は少し強引でシャーロットから見れば嫌な部分もあったけれど、お淑やかにしていなければいけないこの学校の女子生徒にとっては眩しい存在なのかもしれない。
他のライバルキャラたちもアイリスの無法っぷりには憤慨しているらしく、要望から読み取る限りエミリアがその旗印になりつつあるらしいことが分かった。
実際にゲームをプレイした身としては、何とも複雑な気分だ。
多くの人に愛されるはずのヒロインが、女生徒からの恨みつらみを買っているのだから。
「これは、ウィルフレッドルートではいないってこと? そういえば、あれから二人が親しくしているところも見ないし……」
生徒会の仕事に関わるようになってウィルフレッドとの接触も増えたが、彼とアイリスが一緒にいるところを見たのは階段から落ちた時の一度きりだ。
当時のことを根拠に私はアイリスがウィルフレッドルートを進んでいるのだと推測していたが、どうやら現実は違うらしい。
ついでに言うと、ジョシュアのルートも全く進んでいない。
本来なら今頃の時期には影ながらジョシュアの仕事を手伝っているはずなのに、その仕事をしているのはなぜかモブのはずの私だからだ。
なんだかなあと思いつつ要望の要点をまとめていつものように生徒会室に向かうと、そこには予想外の人物が待っていた。
「来ましたわね、シャーロット」
ジョシュアと共に生徒会室にいたのはなんと、彼の妹であるエミリアだった。
最初の登校日以来ほとんど言葉を交わしていなかったので、これには驚いてしまい言葉が出ない。
もうすっかり、彼女の取り巻きのポジションを脱したものと思っていたのに。
思わず及び腰になる私に、エミリアがつかつかと近づいてきた。
今日は取り巻きは一緒じゃないようで、生徒会室の中には青と赤の色彩を持つ美しい兄妹二人きりだ。
(うーん、これって私場違いじゃない? というかエミリア様なんでここに?)
対応を考えあぐねいている間に、距離を詰めたエミリアが私の目の前で立ち止まった。
深紅の瞳が、きらりと光って私を突き刺す。
「シャーロット、あなた……」
「つ……っ」
十六歳ながら何とも言えない迫力にたじろいていると、彼女は私の目の前で叫んだ。
「ずるいですわ! わたくしのお兄様を独り占めするなんて!」
「……は?」
投げつけられた言葉に、私が呆然としたのは言うまでもない。