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 よく考えてみたら、エミリアの取り巻きをやめたのだから別にジョシュアに睨まれたところで痛くもかゆくもないのだった。

 なので私は遠慮なく、ジョシュアを無視して仕事に打ち込むことにした。

 そもそも、彼だって攻略対象キャラなのだから仲良くならない方が好都合だ。

 補佐の仕事は主に、議事録の清書と算出された予算の検算だった。どうやらジョシュアは、私が重要な仕事に関わることがないよう、単純労働を任せることに決めたらしい。

 実は副会長だったジョシュアは、王子の補佐として事務作業を総括しているらしかった。

 こうして、私の毎日は学校の授業と予習復習、更にそこに生徒会の手伝いが加わった。

 毎日忙しく、エミリアに煩わされる暇もアイリスを探る時間もない。

 だが、簡単な仕事とはいえ未来につながると思えばやりがいがあった。

 議事録の清書はこの世界の文字にまだまだ慣れていないので時間がかかってしまうが、予算の検算は数字をきちっと合わせる作業がとても楽しい。

 この辺りの業務は、前世でも似たようなことをしていたので大得意だ。

 というわけで、今日も予算の簡単な計算間違いから気になった個所などを一覧にして生徒会室に持っていくと、そこにはジョシュアが一人で机に向かっていた。


(この人も、だいぶ難儀な性格だよねぇ)


 生徒会の仕事を手伝うようになって、彼の性格やその背景も少しずつ分かってきた。

 ジョシュア・ユースグラット十八歳。王立学校最高学年で、幼い頃から同い年のウィルフレッド王子に仕えるべく厳しい教育を受けてきた。

 彼自身ウィルフレッド王子に心酔しており、王子に不審な人物を近づけまいと常に気を張っている。

 それが私に対する厳しい態度の理由だろうし、その気持ちは分からなくもない。

 優しい王子は男女ともに人望があり、その分余計に色々な人物が彼を頼って近づいてくる。

 ゲームをしていても随分ツンデレだなあと思ったものだが、その人格形成にはちゃんと理由があったのだ。


「失礼します」


 開きっぱなしになっていた扉をノックして声をかけると、ようやくこちらに気付いたのかジョシュアが顔をあげた。


「なんだ、まだいたのか」


 時刻は夕刻。そろそろ日が暮れようとしている。

 窓からは橙色の西日が差し込み、彼の紺碧の髪をより深く際立たせていた。

 私は、彼のぞんざいな口ぶりに思わず言い返す。


「今日中に終わらせろとおっしゃったのはどこのどなたですか?」


 まさか言い返されると思っていなかったのか、ジョシュアは面食らったようだった。


「それは家で明日までにやって来いという意味だ」


 そんなこと、言われなくては分からない。

 まあ、帰ったって父のお小言を聞かされるだけなので、別にいいのだが。

 エミリアの取り巻きをやめたことがどこかから伝わったらしく、最近顔を合わせるとそのことばかり言われてうんざりしているのだ。


「早く終わったのならそれでいいではありませんか。それに、直接お伝えしたいこともありましたし」


「伝えたいこと?」


 怪訝な顔をするジョシュアに、私は一枚の紙を差し出した。

 予算から気になる部分を抜き出して、計算し直したものだ。


「ここのとここのところ、計算は合ってるんですが数字が大きすぎます」


「なに?」


 ジョシュアは目を細めて差し出した資料を凝視する。

 その様子を眺めながら、私は説明を続けた。


「ミセス・メルバに資料を出していただいて過去の予算とも照合しましたが、例年の三倍程度の値になっていることが分かりました。必要な材料が突然高騰でもしない限り、こんな数字になるはずがありません」


 忙しくジョシュアの目が左右に動くのを観察しながら、私は彼がどんな反応をするか想像してみた。

 一番あり得るのは、私の仕事など信用できないとはねのけられること。

 まあ、今までのシャーロットの所業を思えば、それも仕方ないかもしれない。

 もしそうなっても怒らないよう、予防線を張っておく。傷つかないためというよりは、怒りのあまり怒鳴り返さないようにするためだ。

 だが、返ってきたのは予想外の反応だった。


「なるほど、合格だ」


 いつもの取り澄ました冷たい顔を、ジョシュアはうっすらとほほ笑ませた。


「え?」


 誰が、一体何に合格したというのか。

 するとジョシュアは、こともなげにとんでもないことを口にした。


「悪いがお前のことを試させてもらった。ミセス・メルバの推薦だけあって、能なしではないというわけだな」


 なんと、私は彼に試されていたらしい。

 予想外の展開に、怒りよりもむしろ呆れが湧いてきた。


「随分慎重なんですね。殿下のためですか」


「なにがだ?」


 私の反応が意外だったのか、彼は書類から顔を上げて私を見た。


「疑わしい者を殿下に近づけたくないのかと」


 考えていたことをそのままいうと、ジョシュアは鼻で笑った。


「この課題をクリアしたところで、お前が怪しいことには変わりない。ただ雑用がお似合いなのかそれとももう少しは使えるのか、試しただけだ。生徒会が人手不足だというのは本当だからな」


 ジョシュアは冷静な態度を崩さずのたまう。


(そんなに人手が足りないなら、繰り上げで主人公のアイリスを手伝わせればいいんじゃないの? いや、就職先を紹介してもらうためにはアイリスに来られると困るんだけどさ)


 攻略対象キャラであるウィルフレッドとジョシュアに対しても、できるだけ接点を持たないよう気を遣っているのだ。たとえば補佐業務を空き部屋でやって極力一緒にいないようにするとか。

 それをヒロインにまでやってこられたら、私は間違いなくここにいられなくなる。どころか嫉妬したエミリアまでもやってきて、また没落ルートに逆戻りしてしまうかもしれない。

 ともあれ、私も最近は補佐の仕事に忙殺されつつあるので、できれば人手を増やしてアイリスの動向を探る暇ぐらいは欲しい。


「人手不足なら役員を増やせばいいではないですか。ついでに過去の記録を調べましたけど、通常は五、六人程度の役員とそれを補佐する執行委員によって生徒会を運営するのですよね? どうして今年度の生徒会には会長と副会長の二人しかいらっしゃらないのですか?」


 人手不足になるのも当たり前である。

 本当はいるはずの人員が全く足りていないのだから。

 その上生徒会長であるウィルフレッド王子は公務などで学校を休みがちだし、自然その業務のほとんどをジョシュアが引き受けているのだった。

 いくら王子の補佐とはいえ公爵子息なのだからもっと生徒を顎で使っているのかと思ったが、ちっともそんなことはなくてむしろ自分ばかりで仕事を引き受けて残業してる中間管理職は辛いよタイプだった。

 するとジョシュアは、少し驚いたように目を見開いた。


「そんなことまで調べたのか?」


「少し不思議に思いまして」


 生徒会と言いながらそのメンバーが二人しかいなかったら、不思議にもなる。

 なおかつ、活動を行っている人間が実質一人しかいなければ、あまりにも非効率的だと思うのは普通のことだろう。

 ミセス・メルバが無理やり私を補佐に推薦した気持ちも分かるし、いくら人選が難しいからと言って人手不足のままにしておくジョシュアも理解できない。


「殿下はご存じなのですか? ジョシュア様がこれほどまでの仕事を担っていらっしゃること」


 実際に手伝って分かったことだが、彼の業務は本当に多岐に渡っている。

 しかもそれらを無理に一人で片づけようとするものだから、こうして遅くまで居残りする羽目になるのだ。

 私の言葉の否定的なニュアンスに気付いたのか、ジョシュアは顔を険しくした。


「殿下に知らせる必要などない。無関係な人間が余計な口をはさむな」


 ジョシュアの機嫌が、みるみる下がっていく。

 先ほど合格だと言った時の笑顔など、淡雪のように儚く消えてしまった。


「無関係だからこそ言わせていただきますけど、ジョシュア様がウィルフレッド殿下の知らないところで、一人沢山の仕事を抱えていると知ったらどのような気持ちになられるでしょうか? この先大人になっても、ずっとそうしていくつもりですか? ジョシュア様は将来高官を担うお方。それでしたら、生徒会で学ぶべきは仕事を割り振るノウハウなのではありませんか?」


 頭に血が上って思わず言い返すと、ジョシュアが面食らったような顔をした。

 その顔を見て、失敗したと悟る。

 攻略キャラクターである彼と深く関わるつもりなんてなかったのに、前世のおせっかいおばさん根性がつい顔を出してしまったのだ。


「そ、それでは私は……」


 これで失礼しますと部屋から出ようとしたところで、ジョシュアに呼び止められた。

 そして彼は少し黙り込むと、何かを思い出すように遠い目をして口を開いたのだった。


 

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