009
そういう訳で、苦し紛れの妥協案が採用され、私は生徒会の補佐として陰ながら働くことになった。
この陰ながらというのが大事なのだ。
つまり補佐をしていることを他の生徒には公表せず、その仕事だけを手伝うことによって生徒会の人手不足は解消。なおかつ私は引き換えとして卒業時に仕事を斡旋してもらうという取り決めだ。
貴族は誰も彼も己の名誉をひけらかす傾向にあるので、この申し出はミセス・メルバに大層驚かれた。
だが、私としては誰の反感も買わずに将来の安心を担保できて万々歳である。
そういうわけで、今日は顔合わせということでミセス・メルバに生徒会室へ連れていかれた。
時刻は放課後なので、今は校舎前のポーチに迎えの馬車が列を成している頃だろう。
私は学校に復帰してから居残りばかりしているので、基本的に迎えは遅めでいいと言ってある。むしろポーチの混雑が終わってからの方がすんなり帰れるので、これからもがんがん居残りはしていきたい。
コンコンとミセス・メルバが扉をノックすると、中からどうぞという柔らかい声が聞こえてきた。
実務作業を手伝う助っ人がくるというのは、既に生徒会に話がいっているはずだ。
――階段から落ちた時のことを、殿下が覚えてなきゃいいけど。
彼の後をつけていて階段から転げ落ちたので、覚えていられると色々と体裁が悪い。
まあ顔を見られたのは一瞬のことだったし、私のような美人でもないモブのことなど王子は記憶にないに決まっている。
そんなことを考えていたら、ミセス・メルバが扉を開けてさっさと中に入ってしまった。一拍遅れて、私もその後に続く。
「お話しておいた手伝いの者を連れてきました。そこそこ優秀なので遠慮なくこき使ってやってください」
その紹介はどうなんだと思いつつ、私は彼女に教えられた礼儀作法の通りひざを折って腰をかがめた。
「シャーロット・ルインスキーと申します。よろしくご指導くださいませ」
「ルインスキーだと!?」
すると、ガタリと音がしてすんなり済むものと思っていた顔合わせが思わぬ形で遮られた。
驚いて顔をあげると、そこには驚きと蔑みに縁どられた冷たい美貌が。
「ジョ……ジョシュア様……」
生徒会室で王太子と机を並べていたのは、エミリアの兄であるジョシュア・ユースグラットだった。
彼は思わずと言った様子で椅子を立ったところであり、ウィルフレッド王子は驚いた様子でその学友を見上げていた。
(あちゃー)
私は頭を抱えたくなった。
状況から見て、ジョシュアも生徒会役員なのだろう。
ウィルフレッド王子がいることにばかり気を取られていたが、ジョシュアだって女生徒人気はすごいのだ。だから彼らに会える生徒会に応募が殺到したのだろうし、下手に彼らに近づきたい女生徒を生徒会に入れては彼らの将来に差しさわりがあるということで、なぜか私に白羽の矢が立ったのだろう。
それならば手伝いには男子生徒を選べばいいのにと思わなくもないが、きっと王子が生徒会長だと派閥とかで人選がさらに難しいのだろうなと自己完結した。
つまり私は、良くも悪くも父親がぽんこつなので補佐に選ばれたに違いない。伯爵の割に貧乏で小心なので大逆を企む勇気もないし、私が王子と接点を持ったからと言ってそれを利用して何かできるような知恵もない。
ないない尽くしのお父様が、私はだんだん憐れになってきた。
そんなことを考えて上の空になっていたせいか、いつの間にかジョシュアは机を避けてつかつかとこちらに歩み寄っていた。
そして私の目の前まで来て、その高い身長からいかにも蔑んでますとばかりにこちらを見下ろしている。
「どうしてここにいる? また何か企んでいるのか」
押し殺した声は殺意すら感じさせるが、私だってここまで来たからには簡単に引いてやるつもりはない。
なにせこの仕事には将来の安心がかかっているのだから。
「まあ、心外ですわ。わたくしはただお仕事をお手伝いに来ただけなのです。それ以上でもそれ以下でもございませんわ」
「なんだと!?」
まさか言い返されるとは思っていなかったのか、ジョシュアが眦を上げた。彼の眉間の皴が更に深くなる。
「ミセス・メルバも一体どういうおつもりですか? こんな何を考えているかも分からない主体性のない不真面目な生徒を生徒会に連れてくるなんてっ」
どうやらジョシュアは、よほど私のことが気に入らないらしい。
気に入らないなら気に入らないで結構だが、ミセス・メルバにまで悪評を垂れ流しにするのはやめてもらいたい。
というか、せっかく手伝いに来たというのにその態度はいくらなんでも失礼だろう。
「あら、わたくしは彼女に適性があると思ったから推薦したのですよ。それともなんですか? わたくしがまさか間違った判断をしていると?」
ミセス・メルバが不愉快そうな顔をすると、流石にまずいと思ったのかジョシュアは先ほどまでの険しい表情を取り繕った。
「そ、そういうわけではありませんが……」
「ま、まあ、彼女を疑うのは仕事の手伝いをしてもらって、その様子を見てからでも遅くはないのではないか? 人手不足は事実なのだし」
ウィルフレッド王子が苦笑しながら仲裁に入ろうとする。
ゲーム同様、この王子様は温和な性格でいらっしゃるようだ。
「主君の手を煩わせるなんて家臣失格ではありませんか? ジョシュア様」
うん。あまりのいいように私も少し頭に来ていたらしい。
売られた喧嘩は買うの精神で、ついつい彼の神経を逆なでするような言い方をしてしまった。
「なんっ……だと?」
紺碧の目が、ほの暗い光を湛えて私を睨みつけた。
こうして、前途多難な生徒会補佐の仕事は始まったのである。