プロローグ
「いい? 殿下がどのような女性とダンスを踊るのか、あなたは夜会の間中しっかり殿下に張り付いておくのよ」
「分かりました。エミリア様」
私はいつものように、彼女に諾々と従う。
彼女に逆らってはならない。逆らっていいことはないとよく知っているからだ。
今日命じられたのは、公爵家で開かれる夜会で、王太子殿下を見張ること。
エミリア様は、実家である公爵家が主催する夜会なので挨拶をしたりされたりしなければならない。
それでなくても、未婚の令嬢が王太子を追い回すなんて非常識極まりない所業だ。
だがこの人は、それを私にやれという。私だって未婚の令嬢とやらの一人なのに。
仕方がないのだ。彼女と私では、家格に大きな隔たりがある。たとえ彼女の命令が常識にそぐわぬものであろうと、従わねばならない。お父様にも、そうするように言われている。
エミリア様は、眉目秀麗な王太子殿下にご執心なのだ。
だから、彼に関わる全ての女性を敵視している。自分以外、誰も彼に近づかなくなればいいと思っている。
エミリア様が将来の王妃に向いていらっしゃるかどうか、私はそれを判断する立場にない。
ただ、彼女の機嫌を損ねなければいいのだ。そしてそのために、王太子殿下の後をつける。
至ってシンプルな理屈。難しいことなど何一つない。
そうして私は、人ごみに疲れてきたのか休憩室のある二階への階段を上る王太子についていく。
綺麗な顔だとは思うが、私自身はこの人とどうにかなりたいとは思わない。
そうなった時の、エミリア様の反応が怖すぎるからだ。
エミリア様の兄上も無理だ。だってエミリア様はお兄様にもご執心でいらっしゃるから。
そんなことを、考えながら上っていたのがいけなかったのかもしれない。
それとも着慣れない重いドレスか、あるいは締め付けすぎたコルセットのせいか。
階段を上り終えた王太子が、誰かと出会ったのか顔に笑顔を浮かべた。
そして相手が、後ろにいた私を指さした。
慌てた私は王太子殿下に気付かれまいと、後ずさろうとして――足を踏み外し体は宙に投げ出された。