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相棒幼女に泣きながら抱き付かれる

「逃げるぞ!」

「ええ!」


 約150メイトル程先から新たな紅鋼熊が猛烈な勢いで向かって来ているのを発見し、私達は即座に退却を決めた。

 相手がこの場に到達するまでおそらく十秒程。その間魔法弾を放ったとしても止まらない可能性が高い。


 私とアイリは即座に反転しスキーで滑り出しながら、それぞれ腰の弾帯に装着した魔道具を起動する。

 風属性の魔術式が込められたこの魔道具は、風の結界を張って空気抵抗を無くし、更に推進力を与えて動きを補助するものだ。地上で普通に走る時に使用しても速度に劇的な違いは無いが、このようにスキーで滑りながら使用すると抜群の効果を発揮する。これなら相手を引き離せるはずだ。

 しかし難点もある。


「…くっ、これは厳しいな」


 木に激突しかけバランスを崩すが、なんとか踏ん張り立て直す。

 木々の間を高速で滑るというのは言うまでも無く困難だ。スキーに慣れた者であってもあっという間に転倒したり木にぶつかりかねない。しかしこれで距離を開けられれば相手が諦める可能性も僅かにあるし、そうでなくとも迎撃体制を整える余裕が生まれる。


 だがその時、恐れていたことが起こった。


「あっ!」

「アイリッッ!」


 アイリが木の根でバランスを崩し、転倒したのだ。彼女はそのまましばらく転がり、止まる。大きな怪我は無いようだが、スキー板が折れてしまっている。あれでは最早滑ることは不可能だ。


アイリは即座に魔法杖を構え、私に向かって叫ぶ。


「グレン、逃げてっ!」


 紅鋼熊までの距離は既に百メイトルを切っている。


 私はアイリの声を無視して反転し、彼女の前に出た。


「グレンっ!」


 アイリの悲痛な声が聞こえる中、私は腰から剣を抜く。


 短めで肉厚の片刃剣。それは剣というより大きな鉈のような形をしている。実際、この剣は木を切り枝を掃う用途も想定して選んだものだ。

 私はその剣を右手に持ち、肩に担ぐ形で構えて加速する。


 彼我の距離が10メイトルを切ったところで、その魔獣は跳ねた。走った勢いそのままで飛び掛り、その凶悪な爪を振るう気だろう。その威力は恐らく歩兵十人位を容易に吹き飛ばすはずだ。


 私は体を少し前に倒し前傾姿勢となる。そして…


---振るわれた右前脚の間接部に、全力の一撃を叩き込んだ


 直後、バツンッという音がして、真紅の毛皮に包まれた大きな前脚が宙を舞う。


「ギャアアアアアアアアァァッ」


 魔獣の上げる絶叫を聞きながら、私はその脇を駆け抜けた。


 この一撃は私の必殺だ。


 一対一であることが寧ろ少ない戦場においては、一人の相手と長々と剣を打ち合う機会など殆ど無い。それ故に私は、出会った瞬間に敵を鎧ごと叩き斬ることを目指して一撃を練り上げたのである。何年も時間を掛けて。

 そんな一撃だが、これはあくまで対人戦を想定した必殺であり、1トン近い重量と鋼鉄並みの硬さを誇る魔獣の突進に正面から打ち込んでも、逆に肉塊にされただけだろう。

 だからこそ前脚を、それも間接部分を狙ったのだ。渾身の斬撃を、前脚が伸びた瞬間の間接部に打ち込めばいかに鋼の肉体といえど切断できると考えたのだ。

 タイミングが一瞬でもズレていれば逆に頭を叩き潰されていた。イチかバチかの勝負であったが上手くいったようだ。


 自分より小さな生き物に全く予期せず腕を断たれた紅鋼熊は、着地も出来ずに地面に突っ込みのたうち回る。


私はすぐさま、アイリに向かって声を張り上げた。

 

「アイリっ、今だ!」

「……っ!」


 私の声に反応し、アイリは即座に魔法弾の射撃を開始した。至近距離からの魔法弾が巨体を貫く。しかし五発の魔法弾を全て受けてもその魔獣は倒れなかった。ギロリとアイリに目を向け、彼女の元へ向かおうとする。


「本当にしぶとい奴らだ!」


 私はスキーを走らせ、腕を失っている右側から接近して飛び上がる。


「いい加減に、くたばれ!」


 そして、その勢いで剣を上から首に叩き込んだ。


「ガッッ!」


 紅鋼熊が短く鳴き声を上げる。流石に強靭な首を切り落とすことは叶わなかったが、剣は深々と食い込み頚椎を分断した。如何に圧倒的な生命力を誇る魔獣といえど頚椎を断たれては最早動くことは出来ない。


 その赤い魔獣はズシンと音をたてて倒れると痙攣を始めた。更にとどめの一撃を加えるとようやく動かなくなる。


「アイリ、無事か!」


 私はすぐにアイリの元に向かった。先程少し見たときは大きな怪我は無いように見えたが、骨折などをしているかもしれない。


 私が近付くと彼女は立ち上がった。どうやら本当に怪我は無いようだ。私が安心して表情を緩めると、アイリが勢いよく抱きついてきた。


「アイリ、」

「…バカっ、どうして逃げなかったのよっ。一緒に死んでしまうところだったじゃないっ」


 アイリは泣いていた。私に強く抱きつきながら、普段の大人びた態度とは違いまるで見た目相応の幼い子供のように声を震わせる。


 私はその震える小さな体を抱きしめ返し、困ったような声で言った。


「アイリを置いて逃げられるわけ無いだろ?アイリだってそうするはずだ」

「…それでもっ、逆だったら、グレンだって私に逃げてでしょうっ?」

「……そうだな、すまない」


 その通りだ。きっと逆の立場だったら私は彼女が逃げることを望んだだろう。本当に矛盾している。

 だが、仕方ないではないか。


 ---私達は相棒同士。お互いがお互いを本当に大切に思っているのだから。


 私はそれ以上なにも言わず、泣いている彼女の震える体を抱きしめ、頭を撫で続けた。


 彼女が泣き止むまでのあいだ、ずっとそうしていた。

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