相棒幼女と接吻
現れたのは全身真っ赤な熊型の魔獣であった。保護色というものを全く考えない、凶暴な魔獣らしい体色といえる。
「体長は3メイトルといったところか。…俺は頭をやる。アイリは足を狙ってくれ」
「了解よ」
一般的に熊は縄張り意識が薄く行動範囲が広い。これはおそらく魔獣である紅鋼熊にも当てはまるだろう。ここで逃すとやっかいだ。
距離は250メイトル。風はあるが、弓矢と違って魔法杖から放つ魔法弾は風の影響を受けない。要求されるのは「正しく狙う」技術と「狙った場所に魔法弾を直進させる」技術だ。
「出来れば一撃で仕留めたいな。確か以前、体に十発以上も魔法弾を受けながら百メイトルを突進して冒険者を喰い殺した個体もいると聞いたことがある」
「とんでもないタフさね。討伐に百人以上も駆り出されるわけだわ」
会話をしながらも私達は魔法杖を構え、狙いをつける。
離れた距離から気付かれずに、奇襲攻撃で一気に仕留める。強力な魔獣を相手にする時の鉄則だ。
紅鋼熊が保存食を隠した木に近付いた。異常を感じたのか辺りを見回している。しかし距離が離れ偽装した私達には気付かないようで、保存食の取り出しに戻る。
「タイミングを合わせるぞ」
「いつでもいいわ」
私は目標の動きを見極め、体の動きが少ない瞬間を狙う。
「いくぞ。3…2…1…」
--ドンッという音とともに、それぞれの魔法杖から同時に魔法弾が発射された
秒速約900メイトルという超高速で撃ち出された魔法弾は木々の間を抜け、一発は紅鋼熊の頭部を、もう一発は左大腿部を正確に貫いた。
「グオオオオオオオオオオオオォォォッ」
頭の容積を大きく失った魔獣は、なんと即死せずに咆哮した。しかも残った片目でこちらを向き、走り出す。
「おいおい、タフなのにも程があるだろ?」
「でも速度は遅いわね、足を射抜かれれば当然だけど。仕留めましょう」
言いながら私達は魔法杖から突き出たレバーをガチャリと引く。これで使用済みの魔石が放出され、新たな魔石が装填された。
こちらに向け走る魔獣に続けて魔法弾を放つ。二人で二発ずつ放ったところでとうとう限界に達したか、その真っ赤な魔獣は地に伏した。
念のために更に一発ずつ放ってから、様子を見る。
「…仕留めたみたいね」
「…ああ、そのようだ」
私達は使った分の魔石を魔法杖に補充してから、慎重に近付く。
すぐ傍まで行くと、その紅鋼熊が完全に事切れているのが分かった。
「本当に大きいわね、しかも頭が半分無くなってるのに突進してくるとか。こんなのと近くで出会ったら最悪よ」
「まあだからこそ、村人に被害が出る前に仕留められてよかった」
私はその死骸を軽く検分し、背嚢の中から写真機を取り出した。
昔の写真機は一枚の写真を撮るのに何時間も掛かり、とても討伐等に活用出来る物ではなかったが、近年ある錬金術師が一瞬で撮影できる新たな感光板を開発し、更にその写真は偽造困難なため魔獣討伐の証拠に使えるとあって一気に普及した。おかげで必ずしも討伐した魔獣の一部などを持ち帰らなくてもよくなり非常に助かっている。
一通り討伐証明写真を撮り終え、さあ魔石を抉り出すかと思ったところで、アイリに外套の袖を引かれた。
「どうした、アイリ?」
「…とりあえず無事に終わったのだから、いつものをしましょう?」
普段より少し小さな声で言う彼女が何を求めているか察し、私はその場に屈んだ。
すると、アイリが顔を近付け、そのまま唇を私の唇に押し付けてきた。
「………んっ」
そう、これはいつもの行為だ。始まりはもう何年も前、危険な戦いに赴く前にアイリに冗談めかして言ったのだ。「無事に帰ってきたらキスでもしてくれ」と。
後に「無事に帰ったら」とか「これが終わったら」などと言うと死ぬ、という迷信があると知ったのだが、それからは逆に「無事に戦いが終わったらキスをする」というのを二人の習慣にしたのだ。次もまた無事に帰れるようにというおまじないのようなものだ。
魔力は交わさない、触れ合うだけのキスをしばらく続けてから唇を離すと、アイリは少し頬を赤らめ怒ったような顔をしている。それが可笑しくて少し笑った。
そんな緩んだ空気が流れている時だった。視界の端に赤いものが見えたのは。
バッと顔を上げ、それを見据える。
「…二匹目!?っ馬鹿な!」