相棒幼女と密着しながら寝転ぶ
紅鋼熊のものと思われる足跡を発見した私達は、周囲を警戒しながら慎重に足跡を辿った。そうしてしばらく進むと大きな木に出くわし、その根元の一部が不自然に盛り上がって木の枝等が積まれているのを見つける。その枝や雪を除けると中には二匹の鹿の死骸があった。
「保存食ね。沢山狩ったのを残しておいたのだわ」
「ああ、なら此処で網を張るのがいいな。普通の熊はあまり縄張り意識が無いが、保存食があるのなら近いうちにまた来るだろう」
私達は方針を決めると、足跡を辿られぬようスキー板の跡を偽装し、消臭薬を撒いて臭いを消しながらその場を離れた。
しばらく周囲を捜索し、待ち伏せに適した場所を探す。
「ここが良いだろう。あの木まで見通せて、250メイトル程の十分な距離がある。周囲の警戒も容易で、いざという時の退路もあるしな」
「私達が魔法弾で狙うのには丁度良い距離ね。まあ、紅鋼熊は10秒で200メイトル以上走れるという話だからあまり安心は出来ないけど」
「雪の上を走るんだ。そこまでの速度は出ないさ。初弾を当てて怪我を負わせれば更に遅くなるはずだ」
十分仕留められる、というわけでこの場に拠点を作ることにした。雪を踏み固めてから背嚢を下ろし、中から敷き布を出してその場に敷く。それから私達は隣り合って腹ばいに伏せた。魔法杖を構えて問題無く狙えることを確認する。
私が使う魔法杖は王国軍で一世代前に使用されていた歩兵用の魔法杖で、長さが約120センチもある。アイリが使うものは騎兵用のもので、それより短く約90センチだ。使用する魔石は直径8ミリ、長さ8センチの細長いもので、それが5発装填されている。
私が魔法杖を構えて確認していると、アイリが寄ってきてピタリと体をくっ付けてきた。
「そんなに密着されると構え難いんだが?」
「グレンなら大して問題にならないでしょう?雪の中でじっとしてたら体が冷えてしまうのだから、この方が良いわ」
そう言いながらアイリも魔法杖を構えた。魔法杖の先端を目標方向に向け、後端を肩に押し当てる。左手は肘を地面に着けて杖の前方を下から支え、右手で握り手部分を握る。
「望遠照準器は使う?」
「いや、この距離なら不要だろう。素早い魔獣を相手にするのだから視野が狭くなるのは良くない」
望遠照準器とは、遠くを狙う為の小さな望遠鏡のようなものだ。魔法杖の上に取り付けて使用し、これを使えば腕の良い者なら1000メイトルを超えた人間大の目標にも魔法弾を当てられるが、望遠鏡であるために見える範囲が狭くなるという欠点がある。私やアイリならこの程度の距離の静止目標は拳程の大きさでも正確に打ち抜けるため、今回は使用しない。
確認を終えた私達は魔法杖を下ろし、時折双眼鏡も使いながら目標方向と周囲の監視を始めた。
「昔の、魔法が普及してなかった頃の人達は大変よね。魔獣相手に殆ど弓とか剣だけで戦わなければいけなかったのだから」
「紅鋼熊相手に接近戦とか、ぞっとするな。農民等には手に余るから、冒険者なんていう専門職が今より大勢いたのも当然だ」
「まさしく冒険ね。まあ、その紅鋼熊をたった二人で狩りにくる私達も大概だけれど。騎兵連隊なら捜索や後方支援も含めて1コ中隊位は派遣する案件でしょ?」
「だから二百万なんていう高額報酬になっているんだ。王国軍を出せば必要経費や兵士の手当諸々で、そんな出費じゃすまないからな」
そんな会話をしながら、肩を寄せ合い監視を続ける。
消臭しているため普段彼女から漂ってくる意外と女の子らしい花のような匂いは無く、厚着のため体の柔らかさも感じない。しかし温かみがあった。
たった一人で警戒や監視をする場合は退屈な時間となるが、こうして女の子と密着しながら行うと苦にならないし緊張も解ける。防寒にもなるし良いことずくめだ。提案したアイリに感謝しよう。いつも感謝してばかりだが。
そうして監視をすること数時間。もうすぐ日が暮れるため一度撤収することを考え始めた頃であった。遠くから赤い魔獣が姿を現したのは。
「…来たぞ、紅鋼熊だ」
この世界の魔法の杖は、昔の木製銃床のライフルのような形をしています。38式とかモシンナガンみたいなやつです。