エルフの未亡人と深い仲になるまで〈五〉
「じゃあグレン、こっちの根っこを全部砕いておくれ」
「わかりました」
その日のサリィさんの訓練が終わり、日付が変わった頃、私は駐屯所の調剤室で部隊付き薬師の手伝いをしていた。
「しかし、アンタも変わってるねぇ? 新兵一人のために調剤を教わって、それを教えようなんて」
五十を過ぎた女性の薬師が呆れたように言う。
そう、私はサリィさんに薬の調合を教えるために、自ら薬師に指導を仰いだのだ。調剤の手伝いを条件として。
「まあ確かに、新兵にはおいそれと調剤なんか教えられないけど、今まで散々仕事を手伝ってくれたアンタに教える分には問題ない。で、アンタが自分の後輩に教えるのも構わないだろう。……でも随分無茶するねぇ。ちゃんと寝てんのかい?」
「三時間は寝てますよ。一カ月程度ならそれで余裕です」
「新兵一人にそこまでやるなんてねぇ……もしかしてあのエルフに惚れてんのかい? アイリ達が怒るよ?」
「そういうのではないですよ」
勿論サリィさんはとても美人だとは思うし、人柄にも好感が持てる。自分に下心が全く無いとは言い切れないだろう。だが決してそれだけでは無い。
「家族のために一生懸命頑張る後輩を見捨てたら、一生後悔します。出来る範囲で助力するのは当たり前ですよ」
はっきりと言い切った。そう、もしここでサリィさんを救えず、彼女とその娘達が不幸になったらと思うと、やらずにはいられなかった。
「……自分の昇進も掛かってる時にそれを放り出してやるのは『出来る範囲』かい?」
「もちろんですよ」
サリィさんを助ける為なら自分の昇進など幾ら遅れても構わないし、それで後悔などしないだろう。
「……まあいいだろう。アンタにみっちり調剤を教えてやる。だけど、一か月後にあの新兵の腕前を判定するのは恐らくアタシになる。その時は手加減はしないよ?」
「勿論です。それに彼女には調合のセンスがある。絶対に合格させますよ」
そう宣言しながら、私は調合の練習に取り掛かった。サリィさんにしっかりと教えられるようになるために。
--そして一か月後。サリィさんは自らの進退が掛かる調剤の実地試験に挑んだ。
上司や薬師達が見ている前での薬の調合だったが、その手際は実に見事であり、始めて一カ月とはとても思えないものだった。
そして……
「サリィ、いるか?」
上司から試験の結果を聞いた私が部屋に入ると、そこにはサリィさんの他、アイリとスーもいた。
「っ、グレンさん、どうでしたか?」
サリィさんは緊張した面持ちで結果を訊ねてきた。アイリとスーも不安顔だ。
私はそんな彼女達に笑顔を向けながら結果を告げる。
「サリィ。お前は今日から中隊付き薬師の補佐だ。これからは正式に薬師見習いとして薬の調合をやってもらう」
私が言うと彼女は心の底から安堵したように顔を綻ばせた
「じゃあ、私は残れるんですねっ?」
「やったじゃない!」
「おめでとうございますっ」
アイリとスーも笑顔で祝福する。彼女達もサリィさんのことを本当に心配していて、これまで訓練の手伝い等も積極的にしてくれていたのだ。
「グレンさん、ありがとうございますっ。アイリさんとスーさんも。本当にありがとうございますっ」
目に涙を浮かべながら深々と頭を下げ、何度も感謝を述べるサリィさん。
私はそんな彼女の肩にポンと手を置いた。
「とりあえず任期が終わるまでの二年間。うちの薬師の元でしっかりと学ぶといい。サリィなら、二年もあれば一人前の薬師になれるはずだ」
私がそう言うとサリィさんは顔を上げ、困ったような、何か言いたそうな表情をしたが、この時は結局何も言わなかった。
この日が週末だったこともあり、その後私達は街へ繰り出し、行きつけの酒場で祝勝会を開いた。私もアイリ達も普段はあまり酒は飲まないが、今日ばかりはと高い酒を注文し皆で夜遅くまで飲み、そのまま併設された宿に部屋を取った。勿論男女別の部屋だ。
そうして部屋の灯りを消し、寝台に寝転んでしばらくすると、扉をノックする音が聞こえた。
自分の部屋ではないので、一応警戒して鍵を開けずに「はい」と返事をすると、
「……私です、サリィです」
と聞き慣れた声が聞こえてきた。
「サリィ?」
扉の鍵を開けると、そこには部屋の前で分かれた時と同じワンピース姿のサリィさんが一人立っていた。
「……あの、入ってもよろしいですか?」
何やら緊張した様子で言う彼女に「ああ、いいぞ」と返し、部屋に招き入れた。
……一体何の用だろうか?




