第7話
「んヴぉぇええ! あ゛だま゛が割れるようにいだぃぃ!?」
魔物の群れ最後の一頭を魔法:石の矢で葬った後、俺は頭を抱えてのたうち回った。
「あ~、アレか?」
「ああ、アレだよ」
前衛の髭ダルマとドクが話している。ちょっとは気遣って欲しい。辛い。
エルフやドワーフといった妖精族を始祖とする種族と違い、人間は魔力を使うことに慣れていない。
そのため、魔法使いの修行初期では魔法を演算処理する神経の発達に伴って激しい頭痛が発生する、らしい。
多少の頭痛くらい大丈夫だろ、とタカをくくっていた過去の俺を殴り飛ばしたい。
眉間を万力で締め付けられるような痛みと、頭の真ん中でトゲ付き鉄球が暴れ回っているような痛みが同時に襲ってきてヤバい。
精神がゲシュタルト崩壊しそうだ。
「ド、ドク。頭痛を和らげる魔法とか無いかな……?」
「あるよ?」
あんのかよ! さっさと教えろよ!
「かけて! 助けて! ドクえもん!」
「えもん? 何それ? 痛みってのは正常な神経の働きだから、それを抑制するのは……」
「いいから! 早く! このままだと死ぬ!」
「はいはい、分かったよ。けっこう弱虫だよね君」
平和な世界の現代っ子をナメんなよ? ちょっとの頭痛でも痛み止め飲みまくりだったわ!
「痛覚抑制」
ドクが魔法をかけてくれる。痛みが若干和らいだ、気がする。
弱い! 効果が弱いぞドク! でも魔法陣覚えた! 後は自分でかけるわ!
「……っ! ……っ!」
「あ! 自分で重ね掛けしてる! 良くないよ? 痛みは必要だよ?」
プンスコとドクが叱るような口調で言う。美人過ぎてご褒美レベルだな。
痛覚の重要性は俺も理解してる。でもそれと痛みに耐えるかどうかは別の話だ。
我慢できる程度に痛みが和らいだ後、痛覚抑制を改造して再度発動する。
頭痛は完全に無効化するレベルで抑制してやった。
「おや? 魔法陣が違う。さっそく改造したのかい?」
「ああ、これを見てくれ。これならOKだろ?」
鑑定魔法を発動し、自分の視界に移した表示をドクへ共有する。
「視界の端に人型? 頭だけが赤くて他は緑だね。これは……神経が発する痛みを表しているのかい?」
さすがドク。理解が早い。
「そうだ。今は頭痛だけを無効化して色で表示してる。身体の痛みは無効化してないから、危険を見逃す心配は無いさ」
ドヤぁと解説する。
身体が痛みを感じている、という事実を観測できれば問題は無いのだ。
「頭痛に苦しむレベルの素人が新たな魔法を作っただと? ドク、このモヤシは何モンだ?」
髭ダルマがドクへ問う。今回の魔物討伐依頼に際して合同パーティを組んだパーティ『髭同盟』のリーダーだ。
『髭同盟』はその名の通り髭、つまりドワーフ族だけで構成されたパーティだ。
全員が斧や鉈で前衛を務める、クレイジーな奴らである。
それでも俺とドクは二人とも後衛なので相性はバッチリ、ドクが一人の時でも良く組んでいたと聞いた。
全員の紹介をされたんだが、名前が特殊な上に似すぎていて覚えることも区別することもできなかった。全員が髭ダルマなんだから仕方ない。
「名も無い農村の生き残りだよ。行き倒れている所を拾ったんだ。魔法の素質が高くても農民だったから気付いていなかったタイプだね」
ドクが平然とウソをつく。ドクが発案した俺の経歴だ。
ちなみに農村の位置や規模、村人の名前などは全滅のショックで記憶喪失になった、といって誤魔化すことにしている。
農村が魔物の襲撃で全滅する、なんてのはよくあることらしいので問題ないだろう。
「ほ~、いい拾いモンをしたのぅ。儂にくれんか?」
「あげないよ。私のモルモットだ」
人をなんだと思っているのか。人権を主張したい。
まぁヒャッハーがまかり通るこの世界では、人権なんて無いだろうけどな。
奴隷の売買なんかもあるらしいし。
「にしても魔法を覚えて間もない木等級なんじゃろ? 土魔法に偏っているとは言え、威力、精度、魔力量の全部がもう鉄等級くらいじゃないか?」
『髭同盟』は鉄等級のパーティである。
全員が冒険者への登録をして以降ずっとパーティを組んでいるため、全員が同じ等級なのだ。
そのパーティと共闘して遜色なく貢献できている俺を、鉄等級だと評価してくれたらしい。
ドクもけっこう褒めてくれるけど、他の人から褒められるはまた別の嬉しさがあるな。
まぁマジカルエンジンで土を魔力へ変換しながら魔法を乱射している訳で、普通の魔法使いとは使用できる魔力量のケタが違うんだけどな。
ちなみに土が突然消えるのは、土魔法の効果ということにしている。
穴掘りの魔法があるらしく、それが得意すぎて魔法陣が見えないレベルの速さで連射できる、という設定だ。
魔力の回復が早すぎるのは、そういう体質だという設定にした。
この世界の空気にはマナという魔力の元になる成分があるらしく、魔法使いは呼吸でマナを取り込んで魔力を回復するんだそうだ。
稀にマナの変換効率が高い体質というのはあるらしく、俺もその体質ということにした。
まぁ魔力回復体質はエルフやドワーフ、その他の獣人などの亜人族に多くて人族には少ないらしいんだけど、そこは仕方ない。
「まぁね。私と魔法合戦をしてもある程度ついてくるから、鉄等級くらいだと思うよ。」
今度はドクがドヤ顔をしている。可愛い。
ドクとの魔法合戦は、とにかくヤバい。
俺が工夫を凝らして対抗するのが楽しくて仕方ないらしく、エゲツない攻め方をしてくる。弓との二重攻撃は当たり前で、絨毯爆撃とか全方位攻撃とかゴーレム大攻勢とかな。
そのおかげか一対多数の戦術や魔法の種類が増えたし、防御や回避も学べたので結果としては良かったのだが、絶対にドクはドSだと思う。
惚れ惚れするもの凄くいい笑顔で、詰将棋の如く理路整然と殺しに来るんだから勘弁して欲しい。
「恐縮ッス、師匠」
「これからも期待しているよ、わが弟子」
敬礼する俺に、親指を立てて答えるドク。
「魔法でエルフに対抗できる人族とは。もはや人の領域を超えとるぞ……?」
呆れた顔の髭ダルマは気にしない。強くなって悪いことなんてないハズだからな。