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苦手な方はご注意ください。

極道日本昔話大全集

極道日本昔話 ー花咲か爺さんー

作者: 8D

 あくまでもファンタジーです。

 ツッコミどころは多いです。


 朗読 黒田○矢(脳内再生)

 ある所に、一人のおじいさんが住んでいました。


 おじいさんは孤独でした。

 一年前、奥さんに先立たれてしまったからです。


 長年、奥さんと二人で暮らしてきたおじいさんにとって、一人で生きていく事はとても寂しい事でした。


 けれど人生もそれ程長いわけじゃない。

 そう思えば、その寂しさにも耐える事ができました。


 この寂しさがいつまでも続くわけではない。

 近いうちに、自分の人生も終わるだろう。

 ただその後、妻と同じ場所にいけるとは限らないが……。


 そう思いながら、おじいさんは日々を慎ましく生きていました。


 そんなある日の事です。


 近所のスーパーに惣菜とビールを買いに行った帰りの事。


 その日は、雨が降っていました。


 おじいさんは家の近くで、道端に座り込む一人の少女を見つけました。

 制服を着ている所から見て、どうやら少女は女子高生のようです。


 少女は傘も差さず、その身を雨に打たせ続けていました。


「こんな所で、何してる? 風邪ひく前に帰りな」


 おじいさんは、少女に声をかけます。


「帰るって、どこに?」

「家があるだろう?」


 少女の言葉に、素っ気無く答えるおじいさん。

 そんなおじいさんの顔を少女は見上げました。


「ないよ。そんなの」

「だったら、せめて屋根のある所にいけ」

「……じゃあ、おじいさんが拾ってくれる? 私の事。行くあてなんて、どこにもないから」


 おじいさんは難しい顔で思案しましたが、結局彼女を家へ上げる事にしました。


「風呂、沸かしてやる」


 手ぬぐいを少女へ渡し、おじいさんは言います。

 少女は黙って頷きました。


 少女が風呂から上がると、代わりの服が畳み置かれていました。

 それは生前に奥さんが着ていたものです。

 歳を取って小さくなっていた奥さんの服は、小柄な少女にぴったりと合いました。


 少女が居間に戻ると、おじいさんは一人で惣菜を食べていました。


「お前、名前は?」


 おじいさんは少女に気付き、そう訊ねます。


尾白おしろさくら


 少女は名乗りました。

 おじいさんはそれだけ訊くと、食事を再開しました。


 おじいさんは、少女の事情を何も聞こうとしません。


 それはおじいさんにとって、何もかもがどうでもよかったからです。

 老い先の短い身。

 たとえ、この少女がどのような思惑を持っていたのだとしても、おじいさんにはもうどうでも良いことでした。


 何も訊かないおじいさんに、少女も自ら語ろうとしませんでした。


 それ以来、少女はおじいさんの家へ住み着くようになりました。


 どうやら少女はきっちりとした性格のようで、身の回りの事は全て自分でこなしました。

 自分の衣服、生活必需品、食料などを自分で買い揃え、家事も一通りできました。

 与えられた自室の掃除、衣類の洗濯は勿論の事、料理もそつなくこなします。


 ただ、学校には行かず、出かける時は買い物に行く時だけ。

 一日のほとんどをおじいさんの家で過ごしていました。


 そんな少女におじいさんは不干渉を続けました。

 食事も別々の時間に取り、互いに会話はありません。


 そんな歪な共同生活が続いたある日。


 いつもは別々になる食事の時間が、丁度同じになりました。

 食卓にはスーパーの惣菜、ビール、少女の作った数々の料理が並びました。


 二人は黙々と自分の用意した食べ物を食べました。

 不意に、少女がおじいさんに声をかけます。


「その肉じゃが、ちょっと貰っていい?」

「ああ。いいぞ」


 おじいさんは、惣菜を少女に分け与えました。

 その時、なんとなくおじいさんも少女に提案します。


「その代わり、俺もその卵焼きを貰うぞ」

「どうぞ」


 お互いに、料理を交換しました。


 おじいさんの食べた卵焼きは、ふっくらとやわらかく……。

 何よりもぬくもりがありました。


 美味しい……。

 おじいさんは、そう思った自分に戸惑いを覚えました。


 おじいさんは、食事という物がそういう感情を呼ぶものであるという事をすっかりと忘れていたのです。


 奥さんがいなくなって、おじいさんは痩せていきました。

 今や、その体は枯れ木のようです。


 奥さんの手料理で馴染んだ舌に、スーパーの惣菜は味気なく。

 食べる事に喜びを見出せなくなっていったからです。


 あるいは、食を控える事で早く人生を終えられると思っていたからなのかもしれません。


 だから、少女の作った卵焼きを食べて、久しく忘れていた感覚を思い出しました。

 孤独に凍り付いてしまった心が、ほのかに熱を帯び始めたのはこの時でした。


「なぁ、お前の分の食費も出すから、俺の分の食事も作ってくれねぇかな?」


 言い難そうにしながらも、おじいさんは少女に提案します。


「いいよ。置いてもらってるし……」


 おじいさんの提案を少女は快諾しました。

 それから、おじいさんは少女と一緒に食事を取るようになりました。


 そんな日が続くと。

 最初こそぎこちない二人でしたが、時間が経つにつれて少しずつ馴染んでいきました。

 お互いの距離感も徐々に近付いていきます。


 とはいえ、二人共口下手で交わす言葉は一言二言程度。

 それでもおじいさんと少女は次第に、一緒にいる事に居心地の良さを覚えるようになっていきました。


 他人と一緒にいる事が、こんなに心安らぐ事なのだとおじいさんは忘れていました。


 おじいさんにとって、少女はかけがえのない大事な存在になり始めていたのです。


 しかし、ずっとこのままでいるわけにはいきません。


 少女が住み始めて数週間経ちましたが、おじいさんは少女の事をよく知りません。

 何故、一人で雨の中にいたのか。

 帰る所がないというのはどういう事なのか。


 少女の事をどうでもいいと思っていたおじいさんは、その事を気にかけていませんでした。

 ですが、少女の事を大事に思うようになり、その事が気になり始めたのです。


 制服を着ていたという事は学生です。

 保護者がいる事は間違いないでしょう。


 親がいるのなら、心配しているかもしれません。

 一度、両親に連絡を取るべきだとおじいさんは思いました。


 おじいさんは、少女が買い物に行っている間に彼女の持ち物を探りました。

 そして、彼女の生徒手帳を発見します。


 生徒手帳には彼女の自宅の電話番号が記載されており、おじいさんはそこへ電話しました。


 電話に出たのは、年配の女性です。

 恐らく、少女の母親でしょう。


 おじいさんは事の経緯を話し、少女を家に預かっている事を伝えました。

 すると母親は……。


「そうでしたか。申し訳ありません」

「こちらは別に構わんよ。何の負担にもなっちゃいない」

「そうですか……。あの、申し訳ありませんが、うちの子をそのままそちらで預かってもらえないでしょうか?」

「何だと? どういう事なんだ? それでいいのか?」


 おじいさんは、母親の言葉に思わず訊き返しました。


「勿論、あの子の生活費はこちらで負担いたしますので」

「そういう問題じゃ――。……まぁいい。それで良いというのならそうさせてもらう」

「お願いします」


 おじいさんは用件が終わると、すぐに電話を切りました。


 おじいさんは、何ともいえぬ気分の悪さを覚えていました。


 会った事もない見ず知らずの老人に娘を預けようなんて、普通ではありません。

 異常な事です。


 自分には居場所がない。

 そう言った少女の言葉が、おじいさんの胸に思い起こされました。


 おじいさんは家に連絡を取った事を内緒にして、今まで通り少女と暮らしました。

 これまで通りの平穏な日々が静かに続き……。


 そんなある日の事、少女はおじいさんに自分の事を話しました。

 それは、彼女がおじいさんに心を許し始めていたからです。


 おじいさんは素っ気無く、口も悪い方です。

 ですが、とても優しい人でした。

 表面だけを見ても気付けないその本質に、共に暮らす日々の中で少女は気付いていました。


 そして少女もまたおじいさんを大事に思うようになり、自分の事を知ってもらおうと思ったのです。


 少女は、自分の身の上を話しました。

 自分を取り巻く、環境についても。


 少女の家族は、両親と兄一人の四人家族です。

 しかし、家族の誰一人として彼女へ愛情を注ぐ人間はいませんでした。

 兄はとても優秀な人間で、両親の愛情は全てその兄に注がれていました。

 少女も出来は良い方ですが、兄には及びません。


 そのためか、少女は両親から軽んじられていました。

 両親は少女に何の期待もせず、さながら義務で育てているかのように少女へ興味を示しませんでした。


 彼女の兄もまた、妹である少女を居ないもののように扱いました。


 そんな家族の中で、彼女は育ってきたのです。


 しかし、問題は家庭の中だけではありませんでした。

 それは学校での事。


 少女のクラスでは、ある一人の生徒がイジメを受けていました。

 彼女はそれが許せず、イジメられている生徒に手を差し伸べました。


 ですが、そのせいで今度は少女がイジメられるようになってしまったのです。


 その事で、今までの友達は離れて行き、あまつさえ彼女をイジメるようになりました。

 その上、少女がイジメから助けた生徒もまた、少女へのイジメへ加わるようになったのです。


 少女は、それらの自分を取り巻く環境に嫌気がさして、ついに全てを捨ててしまおうと思い立ちました。

 そうして、おじいさんに拾われたのです。


 少女には友達も居らず、心を許せる家族も居らず……。

 彼女もまた、多くの人の中にありながら孤独だったのです。


 おじいさんは、少女の告白を黙って受け止めました。

 語っている内に、辛い事を思い出したのでしょう。

 少女は涙を流していました。


 話が終わると、おじいさんはそんな彼女に声をかけます。


「辛けりゃ、ここにいろ。ここを帰る場所にすればいい」

「……うん」

「俺が、守ってやる」

「ありがとう……」


 おじいさんの言葉は力強く、少女は安心感を覚えました。


 その日を境に、少女は少しずつ元気を取り戻していきました。

 口数も段々と増え、笑顔も見せるようになりました。

 長く辛い日々で凝り固まった心が、おじいさんと暮らす日々で解れていくのを少女は感じていました。


 おじいさんに子供はいません。

 けれど、もし自分に孫がいればこんな感じだろうか、とおじいさんは戸惑いつつも少女を可愛がりました。


 少女もまた、自分を慈しんでくれる家族との接し方を知りません。

 けれど、ぎこちないながらもおじいさんを本当の祖父のように慕いました。


 そうして、互いに絆を育んでいたある日の事。

 おじいさんの家に、ある人物が訪れました。


 黒塗りのセンチュリーから出てきたその人物は、侠気会おとぎかい直系団体ちょっけいだんたい堂和組どうわぐみ傘下さんか隣埜組りんのぐみの構成員でした。


 車から出てきた隣埜組構成員は二人組で、一人は眼鏡をかけたインテリ風の男、もう一人は体格の良い見るからに粗暴な男でした。


 丁度、庭に出ていたおじいさんは、玄関前で隣埜組構成員と向かい合いました。


「お前ら何者だ? 何の用で来た?」

「私達は、不動産屋から頼まれたもんです。用件はわかってるでしょう?」


 インテリが極道特有の鋭い眼差しを向け、おじいさんに言いました。


 確かに、おじいさんには心当たりがありました。


「何度来たってここの土地は売らねぇよ」


 おじいさんの元には、度々不動産屋が訪れていました。

 目的は、おじいさんの家の土地を売ってもらうためです。


 ですがおじいさんにとって、この家は奥さんとの思い出が詰まった大切な場所。

 それに、今は少女にとっての帰る場所でもあるのです。

 手放すわけにはいきません。


 だから、断わり続けていたのです。


「ぐだぐだ抜かしてるんじゃねぇぞ!」


 粗暴な男が怒鳴りつけますが、おじいさんは一切動じた様子もなくそれを聞き流します。

 そんな男を制止して、インテリの方が口を開きます。


「意固地な事言ってないで、そろそろ首を縦に振ってもらえませんかね? 私らが何者か、わかってるんでしょう?」


 丁寧な口調でありながら、威圧するようにインテリは言いました。


「代紋チラつかせりゃあ、誰でも従うと思ってるんじゃねぇよ」


 おじいさんは怯まず、凄みのある声で返しました。


「あぁ?」

「……まぁいいでしょう。今日の所は帰ります」


 粗暴な男が凄むのを制しながら、インテリが言います。

 そして彼は続けました。


「けど、ここで素直に従ってた方がよかったと思う事になるかもしれませんよ」

「テメェらのやり口なんざ、だいたい知ってるよ」

「そうですか……。まぁ、楽しみにしててくださいよ」


 そう言って、二人の構成員は帰ろうとします。

 その時でした。

 丁度買い物に出ていた少女が、帰ってきました。


「お客さん?」

「家、入ってろ」


 訊ねる少女に、おじいさんは有無を言わさず告げます。

 いつもと違う硬い声に、少女は小さく頷いて従いました。


「可愛いお嬢さんですね」

「さっさと帰れ」


 インテリは、小さく笑って去っていきました。

 粗暴な男もそれについていきます。


 家に戻ったおじいさんを、少女が玄関で出迎えます。


「買い物は今度から、一緒に行く。だから、一人で出歩くなよ」

「……うん。わかった」


 おじいさんが言うと、少女は釈然としないながらも素直に頷きました。


 少女が交通事故にあったのは、それから数日後の事でした。




 少女はおじいさんの言いつけどおり、出かける時はいつもおじいさんと一緒でした。

 しかし、その日はたまたま醤油を切らしており、おじいさんも家におらず少女は悩みました。

 が、どうしても醤油が必要な料理を作っていたので買いに行く事にしました。


 こんな事をすればおじいさんが怒るかもしれませんが、少女はおじいさんに美味しい料理を食べて欲しかったのです。


 自分を受け入れて、自分の居場所を作ってくれたおじいさんに喜んで欲しい。

 そんな思いで、少女は毎日料理を作っていました。


 ですが、その途中で少女は車にはねられてしまいました。


 報せを聞いて病院に駆けつけたおじいさんは、少女の姿を見る事ができませんでした。

 彼女は丁度、手術室へ運ばれた後だったからです。


 幸い彼女はすぐに通りかかった通行人によって発見されました。

 そのおかげですぐに病院へ運ばれ、治療を受ける事ができました。


 看護師の話によれば、助かるかどうかは五分五分だそうです。


 おじいさんは手術室の前で、うな垂れました。

 彼女がいなくなるかもしれないという事が、不安でなりませんでした。


 そんな時です。

 隣埜組の構成員二人が、おじいさんの前に現れます。


 前に来た二人です。


「……テメェらだな」


 おじいさんは二人を睨みつけると、低い声で言いました。


「まさか。そんな事はしませんよ。証拠もないでしょう? ……でも、強情張り続けて、これ以上に悪い事が起こらなければいいですね」


 インテリ男はニヤリと悪意の篭った笑みを向けました。

 それは脅しでした。

 土地を売らなければ、また何かするつもりだと遠まわしに伝えてきたのです。

 悔しげに歯を噛締めるおじいさん。

 そんなおじいさんに、インテリは続けます。


「今日は帰ります。また改めてそちらにうかがいますので、それまでに権利書を用意していてくださいね」


 そう言うと、二人は帰って行きました。


 それから少しして、手術は終わりました。

 手術は成功し、少女は命を取り留めました。


 意識の戻らない彼女の顔を無菌室の窓越しに眺め、おじいさんは安堵しました。

 しかし、不安はまだ残っています。


 おじいさんは家に帰ると馴染みの弁護士を呼びました。

 土地の権利についての手続きをしました。


 ですが、それは隣埜組に譲渡するという旨の手続きではありません。


 おじいさんは、自分の死後、土地を含む全ての財産を少女へ譲渡する旨を遺言状にしたため、弁護士に預けました。


 おじいさんは、少女のために居場所を残してやりたいと思ったのです。

 だから、その居場所を少女へ渡す事にしました。


 何故遺言としてそれを残したのか。

 それは、おじいさんが死を覚悟していたからです。


 おじいさんは怒りに燃えていました。

 大事な少女を傷付けられたためです。


 おじいさんにとって、少女は生きる目的になるほどの大事な存在です。

 老い先の短い自分ならまだしも、少女を狙った事に強い憤りを感じました。


 おじいさんは風呂場で身を清めると、白い着流しに着替えました。

 それは、これから命を捨てる覚悟の現れでもありました。


 それから数十分後。

 おじいさんは手に竹刀袋を持ち、隣埜組事務所の前にいました。


 ビルのエレベーターに乗り、事務所のある階まで行きます。

 事務所の扉の前まで歩いていくと、丁度扉が開いて中から二人の男が……。


 その二人は、おじいさんの家に来た二人でした。


 二人は、おじいさんが事務所の前にいた事に驚きました。

 怪訝な表情の二人に、おじいさんは口を開きます。


「よう、咲かせに来てやったぜ」


 言いながら、おじいさんは着流しの上を肌蹴ました。

 すると、その下には裸の上半身がありました。

 そして、あらわとなったおじいさんの体には、それは見事な刺青が施されていました。


 背中から肩を通り、胸にまで達するそのがらは白い桜。

 桜の木と散る花びらが、おじいさんの体を彩っていました。


「血の花をな!」


 おじいさんは、竹刀袋から中の物を抜き放ちました。

 それは竹刀ではなく、一振りの長ドスです。


「なっ!」


 驚くインテリがその一振りで倒れました。


「うっ!」


 返す刀で粗暴な男が斬り倒されます。


 返り血を浴びたおじいさんはそのまま事務所の扉を蹴破ると、中へ乗り込みます。


 血まみれになったおじいさん。

 それも手に刃物を持っています。


 その光景に、事務所の中にいた構成員達は騒然となりました。


「何だジジィ?」

「腑抜けた事言ってるんじゃねぇ。殴りこみだ!」


 叫びながら、不用意に近付いた構成員をおじいさんは容赦なく斬りつけました。

 悲鳴を上げて倒れる構成員に目も向けず、おじいさんは事務所内にいた他の構成員達を睨みつけます。


 仲間を斬られた所を目の当たりにすれば、最早おじいさんが敵である事は疑いようもありません。


「なんじゃあ! わりゃあ!」

「いてまうぞゴラァ!」


 構成員達はおじいさんに、怒声を上げて襲い掛かりました。


 素手で殴りかかってくる者。

 手近なものを武器に襲ってくる者。

 おじいさんと同じくドスで斬りかかってきた者。

 はたまた、銃で撃ってくる者。


 いろいろな相手が襲い掛かってきます。

 けれど、おじいさんは怯まずに前進し、相手を次々に斬り倒していきました。


 拳や凶器で顔を殴られ、背中を斬られ、肩を銃弾で貫かれても、戦う事を止めませんでした。

 事務所の中で大立ち回りを演じ、次々に構成員達を斬り伏せていきます。


 そして、事務所内で満足に動ける人間がおじいさんただ一人になった頃。

 一発の銃声が事務所内に響きました。


 おじいさんの足に痛みが走ります。

 おじいさんは堪らず、その場で跪きました。

 足を撃たれたのです。


 長ドスを支えに何とか倒れる事は免れましたが、すぐに立ち上がる事はできませんでした。


 銃声のした方を見ると、小太りの男が一人。

 おじいさんに拳銃を向けて立っていました。


「やってくれたなぁ、ジジィ」


 小太りの男は、この隣埜組の組長でした。

 組長室に居た彼は騒ぎを聞きつけ、遅ればせながら事務所へ足を運んだのです。


「あんたが何者か知らねぇけどな。極道相手に馬鹿な事したもんだなぁ」


 そう言って隣埜組長はおじいさんに銃口を向け、引き金に力を込めました。


 おじいさんは悔しく思いながらも、死の覚悟をしました。


 その時です。


「待て」


 また別の人物の声が響きました。

 声がしたのは、事務所の入り口からです。

 見ると、そこにはスーツ姿の男が立っていました。


「親父……!」


 隣埜組長はその相手が誰か気付くと、驚きの声をあげました。

 その人物は、堂和組の組長でした。

 隣埜組の上部団体に当たる組の組長で、隣埜組長の親に当たる人物です。


 驚く隣埜組長を尻目に、堂和組長はおじいさんへ目を向けました。


「お久し振りですね。花咲はなさきさん」


 堂和組長は、おじいさんに声をかけました。


「桃太郎か……」


 おじいさんは、堂和組長の名を口にします。


「知ってるんですか? 親父」

「ああ。まぁな」


 訊ねる隣埜組長に、堂和組長は答えました。


「それで何の用ですか? 花咲さん。あんたは、引退したはずだ。もう、極道には関わりたくないと言っていたのに」


 堂和組長はおじいさんに訊ねました。


「……ふっ、ざまぁねぇな。……俺は根っからの極道だったって事だ。足を洗っておきながら、これしか方法が思い浮かばなかったんだからな……」

「相変わらず、気迫は衰えちゃいないんですね」


 堂和組長は、ちいさく笑いました。

 それも束の間、堂和組長は隣埜組長を睨みつけます。

 その眼光に射竦められ、隣埜組長は表情を恐怖に引き攣らせました。


「それよりお前、俺に隠れてヤクを流してたそうだな」

「そ、それは……」


 鋭い眼光に射竦められる隣埜組長。


「うちの組でヤクのシノギはご法度だ。ケジメはつけてもらう」


 堂和組長の迫力に隣埜組長は言葉を失い、焦りでだらだらと汗を流しました。


「だが、今回のテメェの手落ち。条件付きで見逃してやってもいい」

「ほ、本当ですか? 親父」

「ああ」


 答えながら、桃太郎は近くに転がっていた長ドスを隣埜組長へ投げやりました。

 困惑しながらも、隣埜組長はそれを受け取ります。


「ただし、そいつでこのじいさんに勝てたらな」

「……は、はい! わかりました」


 隣埜組長は長ドスを構えます。


「感謝するぜ……桃太郎……」


 堂和組長に礼を言うと、おじいさんも長ドスを杖代わりになんとか立ち上がりました。


 おじいさんは、事務所の構成員達を相手に一人で大立ち回りを演じた人間です。

 ですが、もはや満身創痍でした。

 ふらふらとしていて、その細い身体には力が宿っていませんでした。

 隣埜組長は勝ちを確信しました。

 こんな死にかけの老人に、負けるはずはありません。


「おおおっ!」


 叫びを上げ、隣埜組長は斬りかかります。

 おじいさんはその斬撃を軽くいなすと、隣埜組長の肩口に刃を返しあっさりと袈裟に斬りつけました。


「ぐあっ! 馬鹿な! こんな、ジジィに……」


 血しぶきが上がり、おじいさんに降りかかります。


 隣埜組長はうつ伏せに倒れました。

 そんな彼に、堂和組長は口を開きます。


「教えてやるよ。この人の名は、花咲はなさき起樹たつき。かつて敵対組織を一人で全滅させ、『血桜ちざくらの起樹』と恐れられた伝説の極道だ」

「何……ですって……!」


 隣埜組長はさらに強く驚きました。

 その名は、極道界では知らぬ者のないほど有名なものだったからです。


 おじいさんは、伝説の極道だったのです。


「お前は、大変な人を敵に回しちまったのさ」


 がくりと力を無くす隣埜組長から視線を外し、堂和組長はおじいさんを見ました。


 おじいさんは、その場で膝を折っていました。

 もはや、その身体には力の一片も残っていません。

 目は閉じられ、意識はありませんでした。


 しかし、その枯れ木のような体には、花が咲いていました。

 血飛沫に染められ、白から赤へと変わった桜の花が。


 枯れ木に花が、咲いていました。




 おじいさんが目を覚ますと、そこは病院のベッドの上でした。


「起きた?」


 声がします。

 そちらを向くと、隣のベッドに横たわる少女の姿がありました。


「おまえこそ……意識が戻ったんだな」

「昨日のうちに目が覚めたよ」

「そうか……良かった……」


 おじいさんは、少女が思ったよりも元気そうで安心しました。


「良くないよ。花咲さんの知り合いって人から話は聞いたよ。どうして、あんな事をしたの?」


 それは、事務所へと殴りこんだ事です。

 おじいさんはそれに思い至り、答えます。


「お前に、居場所を残してやりたかったんだ。安心していられる、居場所を……。あいつらがいちゃ、また狙われるかもしれないからな……」

「……花咲さんのバカ」


 思いがけない事に、少女はおじいさんを罵倒しました。


「花咲さんがいなくなったら、私の居場所なんてどこにもないよ!」


 少女は目に涙を溜めて訴えました。


 おじいさんはその時になってようやく悟ります。


 おじいさんは、少女に居場所を残してやりたいと思いました。

 その居場所として、あの家を少女に渡そうと思いました。


 けれど、彼は一つ勘違いしていたのです。


 彼女にとっての居場所は、あの家ではありません。

 彼女にとっての居場所は、おじいさんのいるあの家なのです。


 おじいさんがいる場所こそが、彼女にとっての居場所だったのです。


 おじいさんがいなくては、あそこにいる意味はありません。


 おじいさんはその事に、ようやく気付きました。


「ああ。悪かった……。怪我が治ったら、一緒に帰ろう」

「うん」


 それから数週間後、怪我の癒えた二人はあの家に揃って帰りました。

 そして、二人で幸せに暮らしましたとさ。

 最初、原作通りに犬を拾う話にしようと思ったのですが、犬を殺されてマフィアに喧嘩を売る殺し屋の映画があった事を思い出して今の形になりました。

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[一言] 瓦礫になった現場に 緋桜が咲くんだと思ってた…
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