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第5話/約束

 

 ――これは桃瀬を賭けた決闘。


 ヴラドはもちろん、獣のように戦っている狼月もこの事に気付いていた。

 もしここで狼月が倒れれば、邪魔者の消えたヴラドは気絶した桃瀬に吸血する。それを阻止する為には狼月がヴラドに勝たないといけない。何があっても立ち上がり、桃瀬を守らないといけない。


 ――だから負ける訳にはいかない!


「闇の魔法石に宿りし狼の魂よ! 我に今一度その力、解き放て!」


 狼月は闇魔法解放の呪文を唱える。


「漆黒の闇に憑かれし狼よ! 我に更なる力を与え給え! 『ダークネスフレイム』!」


 何の躊躇いもなく奥の手の二重解放を唱え、狼月は闇の炎をヴラドに放つ。が、炎が当たる直前、ヴラドは体を無数の小さなコウモリに変身させた。闇の炎は空を切る。


「無駄無駄」


 せせら嗤うヴラドに、狼月は今度は闇を纏った拳打や蹴りを放つ。どちらも前とは比べ物にならない速さと威力。


「だから無駄だって」


 余裕の表れか、ヴラドは狼月の攻撃が当たる箇所だけをコウモリに変え、一歩も動かずに全ての攻撃を避ける。


「無駄。闇を得た吸血鬼ヴァンパイアは怪物最強。例え狼男でも……」


 ヴラドは全身を小さなコウモリに変身させた。コウモリ達は群れをなし、テニスコート内を縦横無尽に高速移動する。


「止められない」


 コウモリから元の姿に戻ったヴラドは難なく狼月の背後を取る。


「‼︎」


 狼月は咄嗟に振り返った顔をヴラドに思い切り殴り飛ばされた。吸血鬼の怪力で軽く五メートルは吹き飛んだ所で狼月は受け身を取り、地を蹴ってヴラドに飛びかかる。


「無駄だっての。しつこい」


 若干呆れたヴラドは、飛んできた狼月を無造作に殴り飛ばす。吹き飛んで倒れている狼月が再び立ち上がる気配はなく、ただ呻き声を上げている。


「やっと気絶したか。でもさすが狼男。僕の拳をまともに二発喰らってまだ生きてるとは」


 ヴラドは感心した様子で狼月を見やった後、気絶して寝ている桃瀬の元へ。


「僕の勝ち。桃瀬さんは僕の――」


 その言葉に、狼月の指がピクリと震える。


「……まだだ! まだ俺は……!」


 体はとっくにボロボロなはずの狼月が、全身の力を振り絞るようにして立ち上がった。ヴラドは体の動きを止めて狼月を見る。


「いい加減諦めなよ。イライラするなぁ……!」


 ヴラドは、審判が座るおよそ一メートル半の鉄パイプで出来た長椅子に手をかける。それを小枝のように片手で持ち上げ、狼月の頭に振り下ろした。


「ぐっ……」


 狼月は腕をクロスさせて防御する。致命傷は免れたが、ダメージは確実に両腕に蓄積される。


「俺は……諦めない。桃瀬あいつの為に……!」


「ああ、もう! 大人しく寝てれば助かったのに、他人の為に自分の命を投げ出すその取ってつけたような自己犠牲精神! そんなの、自分が戦う理由を、手を汚す理由を、桃瀬さんに、押し付けているだけ、なんだ、よ!」


 ヴラドは怒りに任せて狼月に長椅子を何度も叩きつける。その言葉で狼月の眼に強い光が宿った。


「おいコラ……。お前が俺のこと偽善者呼ばわりしようがお前の勝手だ。だがな、俺は桃瀬の為に戦う事はあっても桃瀬のせいで戦う羽目になったと思ったことは一度もない!」


 そう言い、狼月はまたもや降ってきた長椅子を白刃取りのように掴む。


「何っ⁉︎ まだそんな力が……⁉︎」


「闇を得た吸血鬼が最強か知らねえが、護るべきものを得た男ってのもまた――最強なんだぜ」


 狼月は力任せに長椅子を引っ張る。それを握っていたせいで引っ張られたヴラドの顔面を狼月の拳がブチ抜く。渾身の拳を受けたヴラドは吹っ飛び地を滑りズザッと土煙を上げた。


 狼月はヴラドの方に歩き寄り、手を取って起き上がらせた。


「その強い思い……。負けた。完敗だ。……君の勝ちだよ、狼月君」


 ヴラドはどこか清々した声で狼月に言った。狼月はそんなヴラドを思い切りぶん殴った。


「さっきはよくも桃瀬に手を出したな……! 殺す……! 全身砕イテ殺シテヤル……!」


 狼月の瞳が闇に染まる。


「闇魔法の副作用……。激しい怒りで完全に理性を失ったか……。まずい」


 一瞬で全てを理解したヴラドは身じろぐ。が、時すでに遅し。狼月にまた殴られて馬乗りにされる。


「サテ、ドコヲ壊ソウカナ……アヒャヒャヒャヒャ」


「ぐはっ、やめろ、狼月君! 理性を取り戻すんだ!」


 ヴラドは狼月に何度も殴られながら叫ぶ。


 ――手遅れだ。こんな状態になったら、彼を正気に戻す方法はもう……。


 ヴラドは目を閉じ、運を天に任せた。


「殺ス……。殺ス!」


 狼月は腕を振り上げる。と、その腕にしがみ付くひとつの影。


「灰、もう喧嘩はやめて! 約束したでしょ! もうしないって!」


 同級生を一方的に殴る狼月に抱きついて、桃瀬は泣きながら狼月に言い聞かせた。実は、桃瀬は気絶する前――ヴラドに襲われる最中――の記憶が抜け落ちていた。強いショックで記憶障害が起こったのか、ヴラドに記憶魔法をかけられたのかその真相は闇の中だが。とにかく、記憶が無い桃瀬はこの状況をただの喧嘩と捉えることにしている。


「ウルセ…………桃瀬」


 腕を振って抵抗した狼月だったが、桃瀬の顔を見て理性を取り戻し、ヴラドへの怒りが急速に冷めていく。そのまま糸が切れたようにその場に倒れこんだ。桃瀬はしゃがんで抱き止める。


「ハッ、俺は一体……⁉︎ ……あ、約束」


「ちゃんと守ったでしょ、私のおかげで。もう、本当に私がいないとダメなんだから……」


 桃瀬がクスッと笑った。

 ヴラドはそんな様子を微笑ましく見守る。



 迫り来る不穏な影の存在を知らずに。


来週の月曜の投稿はお休みします。(気まぐれで火、水曜日辺り投稿するかも知れません)

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