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第4話/化け物二匹

 

 なんやかんやあって六時間目が終わり。


「はあ、帰るか」


 当番だった教室の掃除を終えた俺はスクールバッグを担いだ。

 廊下に出ると、遠くの曲がり角でヴラドが桃瀬をどこかに連れて行くのを視界の隅に捉えた。


「なんだ……?」




 * * *




 桃瀬麗華がヴラドに連れてこられて来た場所は、校舎裏のテニスコートだった。とは言え、陽が当たりにくく薄暗い上に何十年も整備されていないボロボロの地面やフェンスのせいでテニス部員が使う事も無く、部活に勤しむ校庭の喧騒から追い出されたようにひっそりとしていた。


 そんな空間に、ソワソワしたヴラドと二人きりで立っていた。

 桃瀬も伊達にクラスのマドンナをやってきた訳じゃない。このシチュエーションも幾度となく経験してきた。


「……で、ヴラド君。話って何かな?」


 分かりきっている事だが、桃瀬は一応ヴラドに質問した。ヴラドは爽やかな笑みを浮かべながら改まった様子で桃瀬と向き合う。


「桃瀬さん。僕は、貴方に恋をしました。一目見たときから電流が走り、そこから貴方に惹かれていきました。弾けるような笑顔、他人の為に尽くせる優しさ、何より透き通るように純粋な心……。ドイツでも遊びの恋は経験があるのですが、ここまで心が燃え上がったのは桃瀬さん、貴方が初めてです。桃瀬さん……どうか僕と」


 ヴラドはこまっしゃくれる事なく、かつ的確に桃瀬の心をくすぐる言葉をかける。

 だが――。


「ごめんね、ヴラド君。気持ちは嬉しいよ、嬉しいんだけど。……ヴラド君とは付き合えない」


 桃瀬は深々と頭を下げた。ヴラドに失礼の無いように、恥をかかせないように。少しして顔を上げた桃瀬は。


「でも、『お友達』になってくれたら嬉しいな! 私部活あるから、また明日ね!」


 小さく手を振った後、踵を返した桃瀬の腕をヴラドが取った。


「分かってないなぁ。こんな美少年の僕が君に好意を寄せているんだよ? 断る選択肢なんてある訳ないじゃないか」


「ごめん、本当にごめんなさい。私は――」


「正直、君の事情なんてどうでもいい。僕に血を吸われたら自我なんて無くなるからね」


 ヴラドの目に暗い光が宿る。


「ヴラド君……?」


「君の新鮮な生き血を僕に捧げると、君は吸血鬼になる。そして、無条件で僕に魅了されてしまうんだ。そうしたら僕とドイツに帰って結婚しよう。子供も――」


「やめて! 化け物! 誰か助けて!」


 やっと状況が飲み込めた桃瀬は必死にヴラドの手を振り払おうとする。が、無駄な抵抗。男と女では絶対的な力の差がある。一通り桃瀬の反応を楽しんだヴラドは、抵抗する桃瀬の両肩を掴み錆びついたフェンスに体を叩きつけた。


「痛っ……!」


「だからぁ、今からその化け物になるんだって。助けを呼んでも無駄だ。こんな所には誰もいないし、誰も通らない」


「そんな…………」


 桃瀬は絶望した。寂れたテニスコートは通行人など来ないことを有り有りと示していた。


「さあ、血の儀式を」


 ヴラドが桃瀬を抱き寄せ、首筋に牙を突き立てたその時。

 テニスコートの門が勢いよく開け放たれた。


「ッ⁉︎ 君がなぜここに⁉︎」


 ヴラドの視線の先には狼月灰が立っていた。整った顔を怒りで歪ませ、全身から湧き出るどす黒い邪気は彼の髪を揺らしている。


「殺す」


 そう呟くと、狼月はヴラドに飛びかかった。憎しみの炎が宿った拳をヴラドの頰にめり込ませ、思い切り吹き飛ばす。

 ガシャン!

 ヴラドはフェンスに叩きつけられ、それすらも突き破ってテニスコートの外に放り出された。


 糸が切れたように地面にへたり込もうとする桃瀬を狼月は咄嗟に抱き抱えた。


「桃瀬、大丈夫か?」


「……灰? あ、あり、ありが……」


 焦点の合わない目で狼月を見ながら桃瀬は気絶した。

 狼月は、桃瀬をフェンスにもたれかからせるようにして座らせた後、コートの外のヴラドを鋭く睨みつけた。


「乱暴な挨拶だなぁ。君のせいでほら、フェンスが破れちゃったじゃないか」


 ヴラドはそう言いつつ、フェンスの裂け目に手を入れて左右に引っ張った。それで出来た大穴からヴラドはコートの中に入った。


「殺す」


 狼月はまたそう呟き、今度はヴラドに闇魔法の連撃を浴びせる。


「‼︎」


 多彩な攻撃を紙一重で躱しながら、ヴラドは狼月の方に走る。こうしてしまえば迂闊に魔法攻撃が出来ない。下手に至近距離で高火力の魔法を発動すれば巻き添えを食らうのは目に見えているからだ。ヴラドの思惑通り、狼月は魔法攻撃をやめた。


「殺す」


 が、狼月は接近戦も得手としていた。機関銃のような喧嘩技の連撃がヴラドを襲う。


「うわわっ!」


 これは流石に捌ききれない。ヴラドは防戦一方だ。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!」


 何かに取り憑かれたように無我夢中でヴラドを攻撃する狼月。と、ついに狼月の拳がヴラドを捉えた。


「グッ……!」


 息を漏らしながら一歩後退するヴラド。


「終わりだ……。『エクスプロージョン・フレイムゼロ式』」


 狼月が呪文を詠唱する。これは今まで見せてきた爆発魔法ではない。通常は地面に展開する魔法陣を、殺傷性をより高くする為に魔法陣を敵の体内に転送させて一気に爆発させる残虐な魔法なのだ。今まで狼月はこれを邪道としてきたが、心のリミッターが外れて目の前の敵を破壊する事だけを考えている今、何の躊躇いもなく使用している。


「あばよ……!」


 狼月は指を鳴らし、魔法陣は凄まじい爆発を起こした。――が。

 爆発がヴラドを飲み込む寸前、ヴラドは自分の体を無数の小さなコウモリに変身させた。そのコウモリの一匹一匹が爆発を見事に避ける。


「なっ……⁉︎」


 驚く狼月に、コウモリから人型に戻ったヴラドが空を指差した。空は、雲が太陽を覆い隠して日差しがほとんど無くなっていた。


「ふー、太陽の光が邪魔で思うように力が出せなかったよ。でももう安心。これからは夜帝ミッドナイトエンペラーの本領発揮だ!」


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