第3話/中二病再発?
『もうケンカはヤメて! 落ち着いてよ灰!』
『うるせえ!』
俺は、腕に縋り付く桃瀬を強引に振りほどき頰を殴った。
『きゃっ! 痛い…………グスッ』
桃瀬は顔を押さえてうずくまった。
『あー狼月くんレイカちゃんのこと泣かせたー! 女の子にぼう力しちゃダメなんだよ! いーけないんだー!』
どこからともなくゾロゾロと現れた桃瀬のオトモダチが口々に俺の事を囃し立てる。
『ううっ……みんな……灰は悪くないの…………』
桃瀬が泣きながらオトモダチを止めようとするが、そんな事出来るはずもなく。
イーケナインダー、イケナインダー。イーケナインダー、イケナインダー。イーケナインダー、イケナインダー。イーケナインダー、イケナインダー。イーケナ
「うわっ!」
全身が震え、俺は夢から醒めた。
「うわっ、じゃないでしょ! 急にそんな声出さないでよビックリしたじゃない! もう、ちゃんと授業受けなさい!」
桃瀬に数学のテキストで頭をスパンと叩かれた。
「す、済まん。封印したはずの昔の記憶が蘇って……ッ!」
「出たー、灰の中二病発言。最近言わなくなったと思ったら……」
「そんなんじゃねーよ! 何だその哀れみの目は! ほ、ホントにやめて下さいお願いします……」
「分かったよ、中二病♪」
「うわあああああああ」
桃瀬にトドメの一撃を与えられ、俺は頭を抱えて机に突っ伏した。
「うるせぇぞ狼月」
と、いつの間にか目の前に立っていた数学教師に教科書で頭を叩かれた。
「……すいません」
なぜ俺だけなんだ! 桃瀬だからか? 桃瀬だからか。そうか。
教師が去っていくのを見ながら、桃瀬はクスクスと笑っていた。全く。ちょっかいかけるのはいつも桃瀬なのに怒られるのはいつも俺なんだよなぁ……。
「ふふっ、怒られちゃった。可哀想」
「お前なぁ……。誰のせいだよ」
毎度ながら、俺は呆れてため息をついた。
「仲が良いんだね、桃瀬さんと狼月君は。お似合いだよ」
そんな俺達を見て、後ろの席のヴラドが話しかけてきた。俺と桃瀬は同時に振り向く。
「お似合いってどういう意味ヴラド君⁉︎ やめてよこんな中二病とカップルなんて」
何か言おうとする前に桃瀬がそう言った。いやー、的確に心を抉って来ますねえ。女の子は残酷です。
「お……俺だってこんなお節介女ゴ、ゴ、ゴメンだね!」
俺も負けじと否定するが、声が震えてしまった。
「ふふっ、ホントに仲良いや」
ヴラドは微笑んで数学のプリントに目を落とした。
……何だアイツ。言いたい事だけ言って自分の世界に逃げやがった。どうするんだよこの微妙な空気。
と、それを打ち砕くように授業終了を告げるチャイムが鳴った。
「今日の授業はここまで。宿題やっとけよ」
数学教師はそう言い、教材を抱えて教室を後にした。
「ウェーイ終わった終わった」
俺はあくびをしながら立ち上がりトイレに向かう――
「ちょっと待とうか、灰君。さっき私のこと『お節介女』って言ったよね?」
はずだったのだが、桃瀬にパーカーのフードを掴まれグイッと引き寄せられた。
「な、何だよ桃瀬。まだ根に持ってるのか? それを言うならお前も俺のこと『中二病』って言ったじゃねーか」
「私は灰が普通の人間になれるように世話を焼いてあげてるのに、お節介とは何よお節介とは! 『中二病』って言ったのだって灰の為を思ってわざと愛の鞭を……」
「嘘つけ!」
「バレたか。でも私は、灰が灰だからこんなにしてるんだよ。他の人には、こんな事しないんだから……」
呟くように言って、桃瀬はそっぽを向いた。
「分かった。分かったから放してくれ。便所行かせて」
「もう、デリカシーのかけらも無いこと女の子の前で言わないの! さっさと行って来なさい!」
少し怒った桃瀬は、フードを放して代わりに俺の背中をバンと叩いた。
「何で俺が怒られるんだよ……」
その問いに答える者がいるはずもなく、俺は一人トイレに向かった。
「桃瀬さん……貴方は美しい。僕の物に…………桃瀬さん」
ヴラドがそう呟いたが、それに気付く人は誰もいなかった。




