第16話/天邪鬼の憂鬱
ベリアルは、遠くの方でまだ十人近いプレートアーマー達と戦っている黒岩さんにポツリと呟いた。
「さよならだ、ルシファー。――永遠に」
ニヤリと笑ってベリアルは指を弾く。俺にはそれが何かの合図のように見えた。
と、プレートアーマー達は一斉に戦うのをやめた。その様子に困惑する黒岩さんを囲むような陣形を組む。そして、腹を中心にして全身が薄く発光し出した。
「――自爆機能!」
「ハハ、そういう事。じゃーな」
ベリアルとアモンは羽を広げて空の彼方に飛んでいった。まずい。黒岩さん全然気付いてない。
(闇の魔法石に宿りし狼の魂よ我に今一度その力解き放て!)
超高速でそう念じ、俺は黒岩さん目掛けて全速力で走った。
「ダークネスインジェクション!」
叫ぶように呪文を唱えると、靴の裏から黒炎が噴射された。言うなれば即席ジェットブースター。または人間ロケット。
「間に合えーーーーッ‼︎」
俺は文字通り飛ぶように走り、黒岩さんを抱きかかえた。
「うわっ! 何して――」
驚いている黒岩さんの声を、プレートアーマーの爆発音が遮った。
ふぃーっ。間一髪、だな。
背中に爆風を受けまくりながら、俺は大きく旋回して疾風宮の所まで行った。黒岩さんをドサリと地面に下ろし、俺も――膝から崩れ落ちた。
* * *
『――灰。おい、クソガキ』
ふと、闇の魔法石に宿る狼男――イヴァンに声をかけられ目が覚めた。体を起こして辺りを見回すと、ただ一面黒の空間が広がっていた。どこを見てもイヴァンはいない。
『ジジイ……。俺は、死んだのか?』
『大げさな奴じゃな。この程度では死なんぞ。……じゃが、このままじゃといずれ――』
『いずれ何だよ。死ぬのかよ。おい!』
『お前の魂は少し穢れ過ぎた。いつ闇に魂が完全に取り込まれてもおかしくない状態じゃ』
『おい待てよ。俺はこれからどうすれば良いんだよ!』
『さーな。自分で考えろ。ただ、一つだけ言えるのは、もしバケモノになりたくなければ、闇の魔法なんてこれ以上使わない事だな。さっきも言ったがお前はいつ終わってもおかしくない。次に闇を解放させたら終わりって可能性も十分ある。ま、儂はその辺よく知っとけよ、って事を伝えたかっただけじゃから。まじでそれだけ。そんじゃな〜』
* * *
「……何だ今の夢は」
俺はそう言いながら上体を起こした。ここは……俺のベッドの上だ。
大欠伸をして脳に酸素を取り込むと、だんだん意識が覚醒してくる。今何時だ? って言うか今日は何月何日だ?
「……起きた」
と、勉強机の回転椅子に腰かけた姉貴に声をかけられた。
「姉貴! 俺どれだけ寝てた?」
「一晩」
「お、おう……。今日は騙さないのか」
姉貴はいつもに増して機嫌が悪い。何でだろうか。
「姉貴、何でそんなに機嫌悪いんだ?」
「何でじゃないでしょこの馬鹿」
なんとなく聞いてみた質問に、姉貴は立腹した様子でガタンと席を立った。
「あたし、言ったよね? 無茶しないでもっと自分を大切にしろって。そりゃ、あたしなんかの言う事なんて聞きたくもないのかも知れないけどさ……」
姉貴は俺の座っているベッドの側まで来て、そこにしゃがみ込んだ。
「姉貴には関係無いだろ。それに、もし俺が死んだらカンに触る邪魔者を厄介払い出来て姉貴としては爽快なんじゃないの?」
姉貴の平手が俺の左頬に飛んできた。
部屋にパチンと乾いた音が響く。
「痛えな何すんだよ! 冗談に決まってるだろ!」
「冗談でも死ぬかとか言うな! この馬鹿! この……!」
姉貴がもう一度振り上げた手は、震えながら引っ込められた。その手は俯いた顔を覆ってしまう。
「姉貴……泣いてるのか?」
「怖いの……。あんたがそのうちいなくなりそうで……。心配なの。あんたが死んだら……あたしは誰とケンカすれば良いのよ……。ちょっとは考えなさいよ、この馬鹿」
正直、姉貴の泣き顔なんて見た事なかったから驚いた。何があっても、人前では涙を見せない。例え家族でも。そんな人だった。その姉貴が俺のために泣いている。俺は心を激しく揺さぶられた。
「あー…………。その、軽い感じで死ぬとか言って悪かった。ゴメン」
「い、いやあたしも……。急に叩いたりして、その…………ごめんね」
心の底から謝ったら逆に上目遣いで許しを乞われた。
「あたしの事……嫌いになった? って言うかそもそも嫌い?」
「そんな訳ねーだろ。毎日喧嘩吹っかけてくるけど……俺は姉貴の事好きだぜ。そっちは?」
「愚問だな。あたしはあんたの事なんて大っ嫌いだ!」
「何だよそれ!」
俺が突っ込んで、姉貴はハハハと楽しそうに笑った。
「ったく……。調子の良い奴め……。って今何時だ?」
起き上がり机の上のスマホを確認する前に、母の声が聞こえた。
「灰〜! いつまで寝てるのー? 遅刻するよー!」
「マジかよやべえ!」
スマホの時計を見る……デッドラインを二分も越した。
「かーちゃん! 飯いらねーわ!行ってきます!」
都合のいい事に、格好は昨日のまま。つまり制服だ。俺はスクールバッグを担ぎながら手ぐしで寝癖を直す。
「じゃ、姉貴。行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
姉貴は微笑み、小さく手を振った。
憑依する雷魔 完




