第9話/切り札《ジョーカー》
「嫌ぁぁ! もうやめて‼︎」
桃瀬の声が聞こえた。
「無駄ダ。『灰』ハ死ンダ」
ミノタウロスが再び斧に手をかける気配がした。
「久シブリニ力ヲ使イ過ギタ。栄養補給ガ必要ダ」
「助けて……灰……」
その一言が、俺の中で眠っていた何かに火を点けた。
「おい、待てよ……」
まだ立ち上がれない俺は、庭に寝っ転がったままミノタウロスに声をかける。
「アア? マダ生キテヤガッタノカ」
大方、動きを止めてこっちを見ているのだろう。
俺はミノタウロスに語りかけた。
「よぉく聞け化けモン。お前がどこで何しようがお前の勝手だ。だがな、その子にだけは手ェ出すな」
俺は力を振り絞って立ち上がった。多少ふらつくが歯を食いしばる。
「男って生き物にはな、この世に生を受けた瞬間から、自分にとっての『大事な人』を見つけて、そいつを死んでも護り抜くって言う使命があるんだよ」
震える足で一歩一歩桃瀬の元へ歩き出す。
「嬉しかったら一緒に笑う。困ってたら手ェ差し伸べる。まあ俺はあいつを遠ざけるだけで、何ひとつやってやれなかったけどな」
そう言い俺は壁の穴をくぐった。
「骨なんざ幾ら折れても構わねー。腕やら脚の一本や二本くれてやらー。そんな事より俺は大事な人がいなくなっちまう方が何万倍も怖え」
肩で息をしながらミノタウロスの前に立ちはだかった。
「何ガ言イタイ」
俺は桃瀬を振り返り、微笑んだ。
そして、前を向く。
「桃瀬は俺が守るって事だ!」
「グフフフフ……グハハハハ……グワッハッハッ!」
ミノタウロスは可笑しそうに笑った。
「馬鹿メ、虎ノ子ノ魔法ガ使エナイ上、オマケニ満身創痍。勝テナイ敵ニ逆ラウ人間ノ愚カサハ、昔カラ全ク変ワッテナイナ」
「勝てない? ……それは違うな。まだ俺にはとっておきの切り札があるんだぜ」
俺はかけていたネックレスの宝石をミノタウロスに見せた。
「ソ……ソレハ……闇ノ魔法石⁉︎」
「その通り。死の間際、俺の遠い爺さん――初代・狼男が自分の魂を封じ込めたとされる伝説の宝石。こいつを使うと一時的に戦闘能力が格段に上がるだけでなく、初代だけが使いこなせたとされる『闇の魔法』を扱えるようになるんだぜ」
予想だにしなかった俺の奥の手にかなり怯んでいる様だ。
「ダ、ダガ闇ノ魔法ヲ人間ガ使ウト」
「ああ、分かってるさ。確かに闇の魔法は滅茶苦茶強いがちょっとヤバい副作用付きだ。少し使う分には構わないが人間が闇の魔法を使い過ぎると、魂が穢れて闇に取り込まれちまう。そうなるともう二度と人間には戻れない。……だが」
俺は闇の魔法石を握りしめた。
「そんな事は百も承知さ! 覚悟ならもう決めてある!」
そして、呪文を詠唱した。
「闇の魔法石に眠りし狼の魂よ。我に今一度その力、解き放て!」
ドクンと心臓が鳴り、闇の魔法石を中心に黒い光が俺を包み込んでいく。全身に力が漲り、怪我の痛みが消え去った。
「実戦でこの力を使うのは初めてだな……。喜べ、記念すべき犠牲者第一号」