第12話/背中合わせの灰と黒
俺は肩の力を抜いて、軽くジャンプしながらファイティングポーズを取る。
ルシファーは瞑目し、右腕を伸ばして呪文を唱える。
「常闇を破壊し、全てを粉砕する明けの明星よ。魔の盟約に従い、汝を召喚する」
ルシファーの右腕を中心に、まばゆい光と一陣の風が吹く。そして、ルシファーの目の前に、柄とは鎖で繋がれ、全面棘付きでサッカーボールは優に超える大きさの鉄球が召喚される。フレイル型殴打用合成武器鎖分銅亜種――モーニングスターが。
ルシファーはそれの柄を掴み、反対の手で鎖を握りしめる。
「前は長槍じゃなかったですか?」
「西洋甲冑は斬撃が通じない。敵に応じて戦術は変えるものさ」
そう言いながらルシファーはモーニングスターを回転させる。ヒュンヒュンと空を切る音がリズム良く刻まれる。
「戦術、ねえ……。俺にはコイツしか」
――昨日みたいに無茶しないで、もっと自分を大切にしてよ。
闇の魔法石を握りしめ、解放の呪文を唱えようとしたその時、昨日姉貴に言われた言葉が脳裏をよぎった。
もっと自分を大切に――
「ガーディアン! あの二人組を排除なさい!」
ガシャッ!
アモンの張り詰めた声に反応して、プレートアーマー達が一直線に俺達の方に走ってくる。
「お互い、生きてまた会おう」
「そんなん、当たり前でしょーがッ!」
ルシファーと約束を交わした俺は、プレートアーマーの一人に飛びかかる。
「存在確認。排――」
「排除されんのはテメエらの方だ!」
合成音声のように無機質なプレートアーマーの声をかき消すように、俺は炎の滾る右の拳を奴の土手っ腹に叩き込む。
ボガァン!
プレートアーマーは派手に音を立ててブッ壊れた。
「よっと。やっぱり素手は痛えな」
俺は、金属を殴りつけて赤く変色した拳に息を吹きかける。……記憶が正しいなら、確か前ここに来た時には。
「存在確認。排除」
「存在確認。排除」
「存在確認。排除」
……と、考え事をしていたら沢山のプレートアーマー達がガシャガシャと音を立てながら俺目掛けて走ってくる。
「おわっと!」
老後の生活を考えて、とりあえず闇の魔法はセーブだ。それに、こんな金属塊相手に素手で挑む程俺は馬鹿じゃない。俺は、迫り来るプレートアーマー軍団から逃げながら、目当てのブツを探す。
「……あった」
六十メートルは走っただろうか、ようやく俺は鉄パイプを発見する。俺は素早く手頃なサイズのそれを手に取り、漫画のヤンキーよろしく肩に担ぐ。
「ぶっ飛ばされたい奴からかかって来い」
「……鉄の棒での武装を確認。しかし、圧倒的人数差により、脅威に値せず」
「そいつはどうかな!」
俺はプレートアーマーの一人に飛びかかり、力の限り横に薙ぐ。
バギィッ!
殴りつけた部分が大きく変形したプレートアーマーは、破片を散らしながら向こうに飛んでいった。相変わらず手にはジーンと痺れる感覚が残るが、素手で殴るよりは百倍マシだ。
「存在確認。排除」
西洋剣を構えて突進してくるプレートアーマー。
「排除!」
破壊力重視の唐竹割りが繰り出されるも、俺はそれを紙一重で躱す。
「クソ雑魚がァッ!」
躱した勢いをそのまま使って、プレートアーマーの喉元に鉄パイプを突き刺す。
グシャッ!
プレートアーマーの兜が吹き飛ぶ。頭を失くした胴体は、一度はバランスを崩したものの、ゾンビのようにまた立ち上がった。
「……空洞なのか」
原則的に鎧は身につける物だが、それがいないとなると、こいつらは特殊な魔力か、はたまた呪術で動いている一種の操り人形だ。だったら、殴りつけて吹き飛ばしてもプレートアーマーにはノーダメージ。殺るのら、再起不能になるくらいにぶっ壊すしか無い。
「ああ、面倒くせえ!」
振り返りざまに背後の一人に回し蹴りを喰らわせ、火焔砲で焼却する。高熱の炎に焼かれたプレートアーマーは、どういう原理か爆発した。
自爆機能かなんかか? 再起不能と認識されると爆発する仕組みにでもなってるのか。
まぁどうだっていいや。
俺は鉄パイプを持ち直し、ファイティングポーズをとる。が、俺の周りにはプレートアーマーの残骸が残されているだけで、肝心の敵が一人もいない。
「あれ? お前ら? 良いのか?」
突如起こった異変に、俺はそこらをキョロキョロする。すると、プレートアーマー達が異様に群がっている場所を発見した。
ルシファーだ――
俺はその地点に急いで駆け寄る。
「ルシファー! 大丈夫ですか⁉︎」
予想通り、群がりの中心にはモーニングスターでプレートアーマーをぶっ飛ばし、更に棍棒のような武器を振り回して敵に打撃ダメージを与えるルシファーがいた。
「心配無用。“魔眼”を使って、能力が及ぶ範囲の敵を引き付けているだけだ。……『ルシファー』より『黒岩』と呼んで欲しいが」
「だけって……いくらなんでも数が多すぎるでしょ」
俺はざっと辺りを見回す。プレートアーマーの生き残りのほとんどがルシ……黒岩さんに集中している。数にして三十弱って所だ。
だが黒岩さんは、「フッ」と余裕のある笑い声を零す。
「この程度の修羅場なら幾度となく経験してきた。今更こんな奴等に負ける要素は無いよ。それとも、私じゃ背中を任せられないとでも?」
聞いているだけなのに命の危機を感じるような、殺る気に満ちた声。その気迫に俺はゾクリとした。
「信じてますよ。……『黒岩さん』」
こっちを見ずにサングラスを押し上げる黒岩さんの顔は、優しく笑っていた。




