第11話/メアリー
反射的に上を見上げると、空中で静止しながら俺達を見下ろしているベリアルと目が合った。
「お待ち下さい総長!」
「うるせー」
「ひぃやああああ! 総長様ぁ!」
と、そのすぐ後を肩を氷柱で串刺しにされながら嬌声をあげる美人秘書――確かアモンとか言ったか――が飛び、またその後ろを金魚の糞みたいに付いてくる戦闘員達。奴等は続々と俺達の周りに着陸していく。ざっと四、五十。ナメられたもんだな。
だが――。
俺は、そーっと雷魔の表情を伺った。案の定、奴の唇は怒りで小刻みに震えている。
「ベリアル。その女誰だ?」
雷魔はベリアルを鋭く睨みつけるも、ベリアルはまるでゴミを見るような目つきで雷魔に一瞥をくれる。
「ああ? 誰だお前? アモンは俺の女だ。なんか文句あんのか」
雷魔は怒れる拳を握りしめて、絞り出すように言葉を続ける。
「その女の前。そいつと会う前に付き合ってた、弱っちくて頼りないけど何よりも可愛くて誰よりも優しかった、メアリーって女の子がいただろ」
「いたらどーすんだよ」
「俺の妹だ」
雷魔は重々しく口を開く。ベリアルは顎に手を当て数秒考えるポーズをとり、「ああ」と何かを思い出したように声を漏らす。
「そんな奴もいたな。結社の仕事ひとつ満足に出来ない鈍臭い召使いが。結局、俺のストレス発散にしか存在価値を見出せなかった哀れなガキだったけど、ところでアイツ今何してる?」
「アイツは……メアリーは死んだよ! お前のせいでなァ! お前が……メアリーを追い詰めたんだ! 教えろ、お前はメアリーの何だったんだ⁉︎ 恋人だったら…………恋人だったらなんでアイツの事幸せにしてやれねェんだよ!」
唾と涙を散らしながら、雷魔は号哭した。だが、その燃えるような怒りを受け流すように、ベリアルは冷ややかな目で雷魔を見下す。
「何勘違いしてるんだ? 俺はあんなガキ興味ねぇよ。ただ俺は、無償で働いてくれる召使いが欲しかっただけだ」
ベリアルにフフンと鼻で嗤われ、雷魔の怒りは沸点を超えた。
「クッソ…………野郎がァァァァァ!」
雷魔は一瞬で疾風宮から離脱し、――要は金髪細目チャラ男の姿で――ベリアルに殴りかかった。
「はっ……フルフールさん⁉︎」
憑依を解除された疾風宮が手を伸ばしたが、もう遅い。
「汚い手で触んじゃねぇよ」
ベリアルは雷魔の拳をいとも容易く払いのけると、掌に展開された魔法陣から大粒の雹の弾丸を乱れ撃つ。
「ぐはっ!」
至近距離からの強烈な乱撃に、雷魔はなす術無く吹き飛ぶ。
「俺ァ、こんな奴の相手なんかゴメンだ。こいつら殺って良いぞ、ハーゲンティ」
ベリアルは、まるで汚物を見るように睥睨しきった眼差しで倒れている雷魔を見ると、すぐ後ろに立っている部下の肩を叩いた。
「…………まじすか。あざす……」
ハーゲンティと呼ばれた黒のローブに身を包んだ背の低い男が、病的なまでのローテンションで答えた。
表情を見ようと思ったが、顔の上半分はだぶだぶのフードで隠されていて、下半分はミイラのように包帯でぐるぐる巻きになっている。結果的に見えるのは尖った鼻先だけだ。
「だっ、誰だコイツ! おいベリアル、俺と勝負しろ! それとも尻尾を巻いて逃げるのか?」
雷魔が挑発混じりにベリアルを呼び戻そうとするが、ベリアルは面倒くさそうにため息を吐いた。
「最後まで話聞けよ。俺だってメアリーの事、なんとも思ってない訳じゃない。少しながら罪の意識を感じた心優しい俺は、お前にチャンスをやることにした。今からハーゲンティと戦ってもらう。それで、もし勝ったら、俺はお前に十秒間だけ攻撃できる時間をやろう。どうだ、悪くないだろ?」
ベリアルがニヤリと笑う。これがいわゆる“悪魔の微笑み”ってヤツか。
「こいつと…………勝てば……十秒…………ほう」
「ちょっ……フルフールさん⁉︎ こんなの罠に決まってますよ!」
虚ろな目をしながらうわ言のようにブツブツと喋る雷魔に、疾風宮が的確なツッコミを入れる。
「良いんだよこの際。罠だろうと。この根暗に勝てばアイツを殺せる……ククク」
ヤバイなアイツ。復讐する事を考えすぎてマトモな判断が出来ていない。俺の見立てじゃ、あの黒ローブかなり出来るぞ。
『なっ、ジジイ?』
俺は、闇の魔法石に封印されたジジイ……初代・狼男に意識で話しかける。
『うっわビックリしたー。急に来るなよクソガキ。心臓に悪い。で? なんの用じゃ?』
不意を突かれて驚いたジジイだったが、すぐに警戒モードに入る。
『アイツは……強いな。今までのやりとりは全部見とったが、妹への思いだけで勝てる程弱くはないはずじゃ』
『だよな。ったく世話の焼ける』
俺は心の中で舌打ちして、雷魔とベリアルのもとへ歩き出す。が、それを阻止すべく俺の喉笛に西洋式細剣――レイピアが突き付けられる。
「ベリアル様のお愉しみを邪魔させる訳にはいきません」
いつの間にかそばに立っていたアモンが、レイピアを持っていない手で眼鏡を押し上げる。その仕草に、黒い騎士甲冑がガシャ、と音を立てる。
気付けば俺とルシファーの周りは、銀に光るプレートアーマーの軍団によって囲まれている。(ちなみにプレートアーマーとは、謎の洋館の入り口とか西洋風の博物館の展示室とかによく立っているような、全身を覆うタイプの鎧のことである。なんか銀のロボットみたいな、アレ)
俺は両手を上げて一歩退く。アモンは、切っ先を僅かに逸らした。
「アモン……とか言ったっけ。アンタ、これで良いの? あのベリアルって奴、前に一緒にいた女の子の事、召使い程度にしか思ってなかったってよ。ひょっとしたらアンタも……」
「それは有り得ません。私と総長は強い想いで結ばれています。それに……例え召使いだろうと、ベリアル様のお役に立てるのなら私は光栄です」
俺が最後まで言う前に、アモンが自信たっぷりに言い返す。
「そーかい……。どっからその自信が出て来るのか分からんけど、まぁ、そうなんだろうな。って事で、そこ退いてくれない?」
「そうはいきません。力尽くでも」
「だと思った」
俺は、後ろに大きく飛び退く。たまたま後ろにルシファーがいて、背中合わせになる。
「こいつらは結社の守護兵達だ。出来るだけ私が引きつける」
ジリジリとにじり寄るプレートアーマー軍団と対峙したまま、ルシファーはボソリと呟いた。
「無理しないで下さい。一緒に戦いましょう」
チャキ……と、アモンが細剣を構え直したのを視界の隅で確認しながら、俺はルシファーに呟き返す。
プレートアーマー達が一斉に西洋剣を抜く。
「ふぅ。いっちょやってやりますか」




