第10話/戦う理由
「そうか……」
ルシファーの話を聞き終わった雷魔は、ポツリと呟いた。
「言われてみれば、会った時からあんたから強い魔力は感じなかったな。それに、罠だとしてもここまで手の込んだものにするとただリスクが増えるだけだ。そもそも、たかが裏切り者一人のために魔界最大の悪魔連合の総長サマのあんたが直々に消しに来る理由がない。部下ならいくらでもいるはずだからな」
顎に手を当て、ふむふむと雷魔は一人納得する。
「それでは、私の話を信じてくれると?」
「ああ。昨日は俺も混乱してたから誤解してた。あんたを信じることにするよ。いや、します。ル、ルシファー様。今までの非礼をお許しください」
総長にタメ口をきいているのを今更気付いたのか、雷魔は顔を青くして謝った。
「変に改まる必要は無いよ。今の私は総長などではなく単なるおじさんだ。それに、信じてくれたならそれで良い」
「うおおおおおーっ! 優しいですルシファー様! 俺、死ぬまで付いて来ますよ!」
雷魔は雄叫びをあげ、ルシファーの背後に回り込み肩を揉む。
「はは、どうだか。……そうだ、代わりと言ってはなんだが君の事も聞かせてくれないか? 結社を裏切ってまで雷の魔法石を盗むなんて、何か理由があるはずだ」
何気なく発せられたルシファーの一言に、俺は衝撃のあまり硬直する。
「……そうですね。話しましょう。いや、話させて下さい」
ルシファーの肩を揉みながら、雷魔は力強く答える。
「……俺、歳が離れた妹がいたんですよ。病弱ですぐに熱出すような弱っちぃ奴だけど、可愛くて誰よりも優しい、俺の自慢の妹でした」
雷魔は、昔を懐かしむように目を細めて空を見上げた。
「今から約二年前かな、あいつに男ができたんです。その事を嬉々として報告するあいつはスゲェ幸せそうだったけど、内心ちょっと寂しかったのも事実でして」
雷魔はルシファーの肩から手を離して、照れ隠しに頰をカリカリと掻く。その仕草は、魔界に蔓延る悪魔のものではなく、一人の兄のものだった。
なんだこいつ。悪魔のくせに人間臭いじゃないか。
俺は雷魔の人間臭さに親近感を覚えたが、それと同時に、話のオチが見えてしまった。
幸せを打ち砕く最悪のバッドエンドが。
「男が出来て、あいつも最初のうちは楽しそうでした。でも、ある日、あいつが顔にアザ作って帰って来たんです。何があったか訊いても『転んだの』って笑顔で言われてあとは頑なに話そうとしなかった。あの時、俺がムリヤリにでも訊いておけば……クソッ」
昔の自分に苛立ちを覚えたか、雷魔はぐしゃぐしゃと頭をかきむしった。
「大丈夫か?」
「すいませんルシファー様、大丈夫です。……あいつは日に日に生気を失っていきました。そして……顔にアザを作った日から二週間後。あいつは……自分の部屋で首を吊ってた。茶封筒に入れられた遺書には、付き合ってる男が自分を奴隷のように扱っていたこと、別れたくても怖くて出来ないこと、後は親と俺にひたすら自分の弱さを謝ってた。消えそうな丸文字で書かれた“ごめんなさい”の羅列を、俺は今でも忘れられません」
そこまで言った雷魔は荒い息を吐き、乱暴に目を擦る。
「俺は、遺書に書かれた男と同じくらい自分が憎くて、自分を呪いました。てめえの妹すら護れねえで、何が兄貴だって」
「……それで、その遺書に書かれた名前が」
「悪魔ベリアル。奴の名前を忘れた日はありません」
憎々しげに言い放たれた聞き覚えのある名前に、俺は大きく目を見開いた。
ベリアルって、アイツ美人秘書侍らせてたけど……。あの女たらしめ!
そう言やアイツ、秘書の扱いがすごい雑だったなぁ。両脚を氷柱で串刺しにしてたり。でも、あれは秘書がドMだから成り立ってた事であり、マトモな精神を持った者、殊に優しくて病弱な娘ときたらそれは耐えられないものだっただろう。
そこまで考えてズキッと胸が痛む。
俺は目を閉じて、顔も名も知らない女の子の冥福を祈った。
「それで、君はベリアルを見つけ出し魔闘結社に入会し、ベリアルを倒す機会をずっと伺ってた、って事かい?」
「そうです。でも、ベリアルは見たところ俺なんかより遥かに強いし、立場的に見てもベリアルと俺は総長の右腕とただの新参者。何もできずに困っていた矢先、二世界門襲撃計画が立ったんです。封印を守る四属性魔法石の事は知っていたので、これは力を得るチャンスだと思って」
「あまりの力欲しさに、雷の魔法石をくすねて結社を抜けてきたのか。無計画だな。今回はたまたま私の権力抗争があったからどさくさに紛れて逃げて来られたものの、いつもの奴等だったら三日以内に場所を特定されて消されてたぞ」
ルシファーは眉を八の字にしてため息をついた。
三日以内って。怖えな。しかも、結社を裏切ったんだから、相当ハードな拷問付きだろうなぁ……。グループって怖え。やっぱり何とも相入れないぼっち最高だわ。
「へへ……。あの時は夢中で逃げてたもんで。確かに、権力抗争が起こってる所で、俺みたいな小者に構ってる暇なんてありませんよね」
「まぁ、君程度ならその気になればいつでも殺れるからね。それより君、いくら新参者の下っ端とは言え、結社内事情に疎すぎないか? 私の権力抗争も知らないなんて」
「俺が結社に入ったのは他でもない、ベリアルに復讐するためです。だから他の事にはあんまり興味無かったって言うか――」
「俺がどうしたって?」
突然、上空から声がした。
――この声は。
反射的に上を見上げると、空中で静止しながら俺達を見下ろしているベリアルと目が合った。




