第9話/誰も知らないおとぎ話
「やっぱりな」
俺は数歩後ずさり黒岩さん――いや、ルシファーから距離をとった。俺の反応に、ルシファーは悲しそうに肩をすくめる。
「そんな顔しないでくれ。殺したと言っても命を奪った訳じゃない。ただ、顔を変えて記憶を消して、“黒岩和也”という男を地上から抹消しただけさ。もちろん、目的を果たしたら彼の顔と記憶は元通りにするつもりだ」
「そんな事言われても……。本物の黒岩さんは無事なんですか?」
「ああ。今頃は都会のホームレス仲間と仲良くやってるだろうよ。それに、私としても彼に死なれるとマズいから、彼に使い魔を何体か憑けておいた。奴等、中々優秀なボディガードなんだ」
「家族は……」
「彼には配偶者も友人もいない。親も病気で亡くしている」
ルシファーはどこからか知った情報を淡々と言う。
自分の身勝手で何の関係も無い一人の男をホームレスにしたルシファーのやり方に良い気分はしないが、全てが終われば元通りにするらしいのであまり責めることはできない。これ以上疑ってもしょうがないので、俺は話題を変えた……い所だが、これといった話題が無い。
どうしたものかと困っていると、ルシファーは俺の方を見て手を振った。
釣られて後ろを振り返ると、疾風宮がこっちに来ながらルシファーに手を振り返している。
「よ。意外と早かったな」
俺は、やって来た疾風宮に声をかけた。
「うん、まぁね。桃瀬さんとメアド交換してたら、クラスの女の子からメアド交換攻めに遭ってすごい大変だったよ〜」
「そーですかい。モテる男は辛いねぇ」
俺は、苦笑する疾風宮を皮肉交じりにねぎらった。
こいつ……結構モテるのな。
確かに男女誰とでも普通に話すし、ほわほわしててなんか弟っぽいし。顔つきもなんか、最近流行りのアレ。中性的なジェンダーレス系男子だ。
「そんな事……。灰君の方が好かれてるよ。ただ、気付いてないだけ」
「良いって、気ィ使わなくて。さて、本題に入るとしますかね」
俺をフォローしようとした疾風宮の言葉を遮り、ルシファーに主導権を譲る。
ルシファーは改めて疾風宮と向き直った。疾風宮の瞳の色が黒から黄色に変わる。雷魔に憑依された疾風宮の前に立ち、ルシファーは早速切り出す。
「しばらくぶりだな、フュルフュール。昨日の話……私達と組む事についてはどういう結論に至った?」
蛇に睨まれた蛙のように瞬きすらしない雷魔だったが、虚勢を張る。
「ああ。それはまず、あんたが昨日言ってた『結社から追放された』事について詳しく訊いてから決める」
「そうか。それでも一向に構わないが、疾風宮君に憑依するのをやめてくれないか?」
「おっと、その手には乗らねえぞ。あくまで俺はあんたを信用した訳じゃない。こいつはまだ人質だ」
震える声を押し殺しながら、雷魔はニヤリと笑う。
信用無いなぁとルシファーはぶつくさ言い、はぁ、と息をついた。
「昔々の、神にも魔王にもなれなかった半端者の話を聞いてくれるか?」
* * *
昔々、あるところに、一人の天使がいました。その天使は、幼い頃から魔法の力に優れ、皆から褒められていました。将来は、神の側近である熾天使になるだろうと皆に言われ、彼もそのつもりで必死に勉強しました。
辛く苦しい道のりを経て熾天使の称号を手にした天使は、自らの力に溺れて、自分こそが神に相応しいと勘違いしてしまいます。
天使は、神相手に一対一の決闘を申し込みますが、あえなく負けてしまいました。
さて大変です。天使が神に逆らうなど御法度中の御法度。当然、天使は裏切り者として捕まってしまいました。
天界中の晒し者にされた挙句、彼は罰として天界を追放され、代わりに堕落と醜悪の世界、そう魔界に堕とされてしまいます。
魔界の汚い空気を吸いながら、天使、いや堕天使は、神への復讐を決意しました。そのためにがむしゃらに仲間を集めて出来たのがのちの魔闘結社です。
仲間も出来て心強くなった堕天使は二世界門の結界襲撃を目論みますが、自分の事を良く思っていなかった一部の仲間達の裏切りに遭い、あえなく失敗に終わってしまいました。それにより彼は責任を問われ、結社の大多数の団員に糾弾されてしまいます。
実はこれは総長の座につき権力を欲しいがまましたい者達の陰謀なのですが、それを知る者は数少なく、結果、彼は無能として結社内で吊るし上げられ晒し者にされて、能力を弱体化させられ、結社から追放されてしまいます。
故郷も仲間も失った彼は、いつの日か結社への復讐を決意します。ですが、独りで闘うには戦力差がありすぎです。なおかつ能力を弱体化させられているので、返り討ちに遭う事は必至です。
堕天使は考え、手始めに空間管理局の偉いおじさんの顔と記憶を消して、代わりに自分が成りすましました。そして、管理局によって保護されていた風の魔法石を奪ってしまいます。
かつての仲間達に認めてもらうためでしょうか? いいえ、違います。人間に風魔法の力を与えて結社を潰させるためです。
そのために、人間達に嘘をついて自分の部下にしようとしました。
そう、神に見捨てられ悪魔に裏切られた堕天使は、人間と協力する道を選んだのです。
* * *
「それで今に至る、って感じかな。さて、フュルフュール。出来れば、君の話も聞かせてくれないか」




