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第7話/喧嘩上等

 

 一時間目の数学を聞き流し、俺と疾風宮は二時間目の情報の授業のために一階上のPC室に向かう。


「ヤバいな。再来週テストだぜ。数学で赤取らなきゃいいけどな……」


「赤? なにそれ」


「赤点。確かウチの学校は三十点未満だったか……。テストの点がそれ以下だと補習か、最悪留年になる決して取ってはいけない最低ラインの事だ」


「ふえぇ、勉強になるなぁ」


 なんて、数学できない人同士の知性のかけらもない会話を交わしながら階段を上る。


 ふと視線を動かすと、踊り場でたむろするガラの悪いお兄さん達と目が合った。

 ええと……ネクタイが黄色いから二年生か。俺より一年上だ。

 厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンだ。俺は、身を硬くした疾風宮に盾にされながら暇を持て余したお兄さん達の横を通り過ぎ


「おい一年。ちょっと待てよ」


 背は高く痩せ型で、明るい茶髪の一人に馴れ馴れしく肩を掴まれた。ですよね。逃げられませんよね。そーいやこの階段妙に人通りが少ないと思ったら、そういう事だったのか。


「なんか用すか、先輩? 先輩と違って俺達忙しいんであんた等に構ってる暇とか正直無いんですけど」


「ねえねえ君達。ボク達にお金貸してくれない? あるだけ全部」


 茶髪の仲間らしい、黄色のプルオーバーパーカーを着込んだ背の低い金髪は、人懐っこく目を細めた。


「あんた等に貸す金なんて持ってないです。あと馴れ馴れしく触ってんじゃねーよ、気持ち悪い」


「黙って聞いてりゃいい気になりやがってこのクソガキ。いいから有り金全部置いてけってんだよ!」


 身長百八十はありそうな、スポーツ刈りのゴリラみたいな奴が、低い声で凄んで来た。


「生まれたのが一年前なだけで先輩面してんじゃねーよ。群れてるばっかの子羊ちゃんがよ」


 試しに一匹狼がちょっと煽ってみると、ゴリラはまんまと顔を紅潮させた。


「っだとコラァ! 一年の分際で調子乗ってんじゃねえ!」


「え、なに? 俺と闘るの? やめといた方が良いよ。俺、強いから」


 だって俺、狼男だもん。


「か、灰君……」


 後ろで、疾風宮が怯えた顔をして俺を見た。


「心配すんな。お前には指一本触れさせねえ」


 ……この台詞は出来れば男よりも女に言いたかったなぁ。まあいいや。

 身なりからか、ずっと前からこの手のお兄さん達には随分と世話になってきた。こんなデカいだけの奴に今更ビビる要素なんて無い。


「クソガキ、言っとくが治療費は払わないからな……」


「その言葉、そっくり返すぜ。クソゴリラ」


 ゴリラは、指をゴキゴキ鳴らして威嚇する。

 代わりに俺は数学の授業で凝り固まった首をパキッと鳴らす。


 両者睨み合い、一触即発の状態。


「ああっ! お前等何しとるんじゃ! 一年生にちょっかい出すなと何度言えば……!」


 張り詰めた空気をぶち壊したのは、確か二年の学年主任の爺さんだ。


「やっべハゲ造だ! 逃げろお前等!」


 金髪がそう言い、お兄さん達は一目散に上の階へと消えていった。


「全く、あいつらは……。君達、怪我は無いかい?」


「無いです。助けてくれてあざっした」


「ありがとうございます」


「おう。これからは、不良には気を付けるんじゃぞ」


「はいッス」


 余計な真似しやがって。ま、いっか。あの高二供は、俺の広い心に免じて許してやろう。




 * * *




 昼休みの食堂にて。


「じゃ、僕なんか飲み物買ってくるね」


「おう」


 僕は、いつものように一緒に弁当を食べている灰君にそう言った。

 オカズの粉吹き芋がやけに口の中の水分を奪って苦しかったので、僕は食堂の外にある自動販売機に向かう。


 何買おうかなあとか考えながら廊下を歩いていると、向かいから見覚えのある三人組からこっちに来た。


 あれは、二時間目の不良達だ!


 僕は咄嗟に逃げようしたが、パニックになり足がすくんで動けなかった。


 茶髪が小走りでこっちに来て、僕の鳩尾に突きを入れる。


「げふっ!」


 茶髪は、脱力する僕の肩を引き寄せた。


「ここじゃ目立って仕方ねえ。ツラ貸せや」


 三人に連れられて来たのは、陽の当たらない体育館の裏だった。


「さっきはお前のお友達がずいぶん調子に乗ってたよねえ。さて、少々機嫌の悪い俺達は君に何をすると思う?」


 茶髪の凶暴な笑みを見て、全身の血の気がさっと引くのが分かった。


「正解!」


 茶髪は足を振り上げ、僕の顔面にハイキックを叩き込む。


「うぐっ!」


 僕は力の働くままに、地面に倒れこむ。口の中で血の味がした。


「ケケッ、お友達の方はクソ弱かったのな」


 金髪の嘲る声が聞こえて来た。


「とりあえず、俺達を馬鹿にした罰金を払ってもらおうか。ええ? オラ金だよさっさと出せや!」


 スポーツ刈りの大柄な男が、僕の胸ぐらを掴み無理やり引っ張り上げ、立たせる。

 くっそ……なんか涙出てきた。


『うっぜーな、もう我慢出来ねえ。おいクソガキ! 俺と代われ!』


 脳内でフルフールさんの声が聞こえた。


『えっ、でもフルフールさん……』


『俺はフルフールじゃねえ、フュルフュールだ。いいか、俺とお前は魔女っ娘みるくという大いなる存在で繋がれた“ダチ”だ。ダチを馬鹿にされて我慢出来る奴がいるかっつーの』


 諭すようにそう言われ、僕の身体はフルフールさんに乗っ取られた。


「何黙ってんだよ、一年。さっさと金出せって」


 スポーツ刈りは胸ぐらを締める力を強める。

 フルフールさんは小さく笑い、スポーツ刈りの頭をポンポンと軽く叩いた。


「お前さ、年下から金せびって恥ずかしくない訳? おっとごめん。ゴリラには日本語が通じないんだっけ。バナナ買ってやるからあんまり興奮すんなよ」


 本気で怒りをぶつけるスポーツ刈りに対して、それらを躱しておちゃらけるフルフールさん。


 その態度が気にいらなかったのか、スポーツ刈りは胸ぐらを掴んでいた手を放して拳を握りしめた。


「調子乗んなクソガキ!」


 拳を振り上げ、大きなモーションで体重を乗せたパンチを繰り出した。一応身体は共有しているから、殴られたら僕も痛いんだよね……。


「おっし、こっからは正当防衛で良いよなぁ?」


 そう言い放ち、フルフールさんは最小の動きでスポーツ刈りの腹に拳をめり込ませた。その瞬間、拳を通して電流を流す。


「グホァ!」


 スポーツ刈りは、よだれを垂らしながら白目を剥いて崩れ落ちた。拳の破壊力というより、電流が気絶の主要因だろう。


「なっ……⁉︎ あのガキ、モヤシみたいな腕してるくせにゴウちゃんを一撃で……!」


「ヤベェよこいつ! ガチで何モンだよ!」


 “ゴウちゃん”をワンパンされて、茶髪と金髪が怯えている。まあ、そりゃそーですわな。


「二度と俺に関わるな」


 フルフールさんは、茶髪と金髪に冷徹に言い放った。


「ひっ……すいませんでしたああああ!」


「ちょ待っ! 置いてくなよ!」


 バタバタと茶髪と金髪が逃げて行くのを見届けて、フルフールさんは身体を僕に返した。


これから一週間、リアルの都合上休ませていただきます。来週の金曜日にまた会いましょう!

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