第6話/ワーストアンサー
「桃瀬、おはよ」
「…………ふーんだ」
俺の声ははっきりと聞こえているはずなのに、桃瀬はツンとそっぽを向いて歩き去ってしまった。
……ヤベー無視されてる。
俺は桃瀬の元へ詰め寄り、前に立って退路を塞いだ。
「待て待て、なんだそれおかしいだろ。一体、俺が何したってんだよ?」
俺の質問に、桃瀬は足を止めること無く答えた。
「狼月くん。私、昨日も一昨日も君にLIMEしたよね? なのになのに何で返信どころか既読の一つも付けてくれないの? 私、灰に嫌われたのかと思ってショックだったんだからね」
うわぁマジか。LIMEで公式アカウント以外から通知なんて来たことねーからそんなのわかんねーよ。
「わ、悪い。あんまり慣れてなかったもんだから。なんせ、LIMEで誰かから通知が来たのは、お前が初めてだったんだからよ」
「っ……。初めて、か……。えへへ」
俺の誠心誠意の謝罪が功を奏したのか、桃瀬の口調が柔らかくなった。
とはいえ、同じ過ちを二度繰り返す訳にもいかない。桃瀬にLIMEに関する質問をしておこう。
「やっぱりさ、返信とか無いと送った側としては寂しいわけ?」
「え? まぁ、そりゃね。一言でもあった方が安心するよ」
「じゃあ昨日と一昨日、俺から返信来なくてお前は寂しかった?」
「そりゃもちろん……! いや、ぜ、全然寂しくなんかないんだから!」
「どっちだよ……」
「うっさい! ばーか!」
桃瀬は、怒りからか顔をうっすら朱に染めて、向こうを向いてしまった。
「……なんか、悪いな」
特に意味もなくボソリと呟いたら、桃瀬は少し驚いた顔で俺を見た。
「何で、灰が謝んのよ……」
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
「やべっ! チャイム鳴っちった! 急げ!」
「大変大変! 早くプリント配らないと先生に怒られちゃう!」
俺と桃瀬は、教室へと走った。
一足先に着いた俺がドアを開け、そこに桃瀬が突っ込んでいく。この野郎ハナからドアを開ける気は無かったな。
「おう桃瀬ご苦労さん。おっ……。狼月、ギリギリセーフ」
チャイムが鳴り終わるちょうどに桃瀬と共に教室に駆け込んだ俺を、出席簿を持った担任のおっさんが出迎えた。
「ふぅ。よっしゃ」
「桃瀬と仲良く登校なんてやるじゃないか」
「ちょっ、そんな……って言うか声デカいですよ、先生!」
「ははは、さっさと席につけ。この寝坊助」
俺の言葉を、おっさんは軽やかに笑い飛ばす。色々とイジられるうちに、いつの間にかこの人とも仲良くなってしまった。俺は頭をガリガリ掻いて、自席に向かう。
「さて、全員いるな。ホームルーム始めるぞー」
椅子に座りながらぼんやりとスクールバッグから教科書を取り出す。
慣れた手つきでプリントを配る桃瀬を横目に、前の席の疾風宮が明らかに憔悴しているのを見つけた。
何があったんだよ……。
まぁ、この後魔法使いナントカ借りるからその時訊くか。
「再来週の中間テストについてのプリントだ。各自読んどけ。ホームルーム以上。解散」
先生は間延びした声でそう言い、眠そうにあくびをした。
もはやそれホームルームじゃなくね? とクラスの全員が思ったが、早く終わるのに越したことはないので、皆それぞれ行動を開始する。俺は席を立ち、焦点が合わない目で斜め上を見ている疾風宮の元へ向かう。
「どーしたんだよ。そんなにぐったりして」
俺の問いかけに、疾風宮は「ああ……」と呻き声を上げた。
「昨日の夜ね、フルフールさん……ああ昨日の悪魔ね、と魔女っ娘みるくのことを話してたんだ」
「ああ……それでか。馬鹿にされたんだな」
罰が悪くなった俺は、そっと目を伏せた。まるで、苦虫を噛み潰したようだ。
自分の好きなものを否定されるのは、自分を否定されるのと同等、いや、それ以上の苦しみを伴う。自分がそれを好きな程、苦しみは大きくなるのだ。
「違うんだよ。試しに読んでみたらどうも気に入っちゃったみたいで。家にあるやつ全部
読むのに付き合わされて結局徹夜しちゃったんだ」
俺の心労などどこ吹く風と、疾風宮はあっけらかんと言い放った。
「なんだそれ。って言うか、全何巻だよ……」
「まだ連載中だけど、九十三巻が最新だよ。はい、第一巻」
疾風宮は机の中から、シワ一つ無いブックカバーのついた文庫本よりちょっと大きい本を取り出した。
「おう、サンキュ」
疾風宮から漫画を受け取ろうとしたまさにその時。
俺の背後から細い腕がすごい勢いで伸びて、疾風宮の手から漫画を奪い取った。
「うわっ、ビックリした! ……何だ、桃瀬か」
思わず手を引っ込めた俺と疾風宮を、桃瀬は冷たい目で見る。
「何だじゃないでしょ。なんですか、これは? 漫画なら校則違反で没収ですよ」
桃瀬は、魔女っ娘みるくを掲げながら拳でコンコン叩いてみせた。やばい。疾風宮の漫画なのに。
俺は、咄嗟に嘘をついた。
「これはあれだよ。漫画じゃねーよ。エロマンガだよ」
悲報。俺、アドリブが出来ない。
なんだよその嘘! 女子の前でエロマンガとか最悪かよ! なんてモン学校に持って来とんじゃ疾風宮は! そもそもそれ、漫画じゃん! 結局アウトじゃねーか!
「は、はぁ⁉︎ そ、そんなの読んじゃだめ! えっちな本なんて、私が許しません! 没収!」
怒られるか引かれるかのどっちかなぁと絶望していたが、桃瀬は、顔をりんごのように
赤くした。ああ、こいつ耐性無いのか。
俺は、思わぬ幸運に感謝した。しかし、桃瀬にこんな弱点があったとはな。てっきり無敵かと思ってたぜ。
「おま……顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」
「大丈夫な訳ないでしょ! バーカ!」
桃瀬は漫画を俺に放り投げ、真っ赤になった顔を両手で覆いながら走り去っていった。
「ふぅ……セーフ」
「いやアウトでしょ」
そーいや桃瀬さん学級委員でしたね。




