第2話/本音と建て前
「……なんじゃこりゃ」
「お熱いですな。ひゅーひゅー。……死ねゴミ」
「怖えよ。気持ちは分かるけど怖えよ」
「うるせー! あんたなんかにあたしの気持ちが分かってたまるか! この裏切り者め! 爆ぜろ!」
俺は、ぷいっと横を向いてしまった姉貴の誤解を解こうと、弁解した。
「おいおい……言っとくけど、俺と桃瀬は全然そんな関係じゃないからな。ただのぼっちと学級委員って関係だけだからな。大体、桃瀬みたいな高嶺の花が俺みたいなぼっちとなんて普通にあり得ないだろ」
「知るか。ともかく、あんたはあたしの心を傷つけた。罰としてロールケーキ買ってこい」
はぁ。さっきから饒舌だと思ったら、それが目的かよ……。
「何で俺がパシられなきゃいけないんだよ。大体、ケーキばっか食ってたら体重が――」
「あァ?」
姉貴に鬼の形相で睨まれた。姉貴が一瞬で発した魔力が、爆風のように部屋中を満たす。
命の危険を感じ、頰に冷たい汗が流れる。俺は両手を上げて、降伏を示した。
「へ、へいへい。いつものコンビニのプレミアムロールケーキで良かったよな。……ところでお姉さん、俺今月ピンチなんですよねー、経済的に。なんかちょっと報酬とか」
「図々しいガキだこと。ほらよ」
姉貴は財布を取り出し、中をゴソゴソやって俺に小銭を投げ渡した。
「……なぁ姉貴。この世界に十円で買えるロールケーキなんてあると思うか?」
手のひらに乗った十円玉を見て呆然とする。
「つべこべ言うな! あたしもピンチなんだよ! いいからさっさと行って来い!」
「ったく、このワガママ女王め……」
最後の抵抗に捨て台詞を言い残した。
まぁ今日は日曜日だし暇だからラノベとか買おうとか思ってたし別にこの歳になってまだ姉貴とかが怖いとかそんなんじゃ全然ないとか。
とかとかうるさい言い訳(自己欺瞞?)を脳内で済ませて、財布と10円玉を手提げ袋にブチ込む。
「じゃ」
「……ちょっと待て」
姉貴が呼び止めた。想像を絶する傍若無人さに半ばウンザリしつつも、俺は振り返った。
「え、何? 金でもくれるの?」
「昨日、黒岩とか言うおっさんが気絶したあんたを持って来た時、あんたがこのまま死にそうで……ちょっと怖かった。……だから…………まぁなんだ」
姉貴が口をつぐんだ。珍しく歯切れが悪いな。家の中なのに。
「……まぁあれだ。昨日みたいに無茶しないで、もっと自分を大切にしてよ。もしあんたが死んだらあたしは誰にロールケーキ買いに行かせれば良いんだよ、この馬鹿」
さっきまでの傍若無人な態度からは想像もつかない言葉を掛けられた。本気で心配してるのか、ロールケーキを買ってもらうための策略か。本心は分からないけど、世の中には謎のままの方が良い事も、確かにある。
「一言余計だ。……ありがとな」
俺はそう言って、手提げ鞄を肩に担いだ。
* * *
俺のよく行く本屋は、家から歩いて十分の、駅前の寂れた商店街の中にある。
二駅先のショッピングモールの中にある本屋に比べたら、ボロくて狭くて品揃えが豊富とはとても言えない。だが、小さい頃から通い慣れているからかも知れないが、ボロくて狭い店の中にはなんとも変えがたい安心感がある。俺の知る、数少ない心が安らぐ場所だ。
「……と、着いた」
件の本屋に到着した。俺は、ゴミや汚れのこびり付いた自動ドアの前に立った。間も無くウィーンという音と共にドアが開き、俺は店内に入った。休日だというのに、店内では閑古鳥が鳴いている。俺としては静かで快適なんだけど。
目の前の新書コーナーには目もくれずに左に曲がり、二階へと繋がる階段を上る。木が軋む音を二、三十回くらい聞いた所で、二階に着いた。そのまま突き進んで、ゲームの攻略本を尻目に奥の方に位置する漫画・ラノベの棚を見る。さーて、何を買おうかな。
と、歩調を早めた俺の足が止まった。視線は、漫画コーナーの最深部……かなりハードなオタク向けの本棚の前に立つ人影に釘付けだ。
「は、疾風宮⁉︎」
そこには、ニヤニヤしながら漫画の表紙をさする疾風宮の姿があった。
「えっ、あっ、ああ、灰君……。奇遇だね」
ハッとして真顔に戻った疾風宮は、微妙な笑みを浮かべて手を振った。
(うっわ最悪! 知ってる人だ!)→(ああ、この状況だと言い逃れ出来ない)→(隠しても無駄だ)
俺の存在を認識する間の一瞬のうちに、この三つの事を瞬時に考えたに違いない。
え? 何でそんなに心理描写が詳しいのかって? それは……フフフ。




