第14話/覚醒
機関銃の如く降り注ぐ斬撃の雨を躱す力は、俺には残っていなかった。全ての攻撃を受け続けて、たまに血飛沫を上げる。
雨が止むと同時に、俺は地面に崩れ落ちた。意識なんてほぼ飛んでいる。
「どう? 地獄百墜。……あ、ごめん。殺しちゃった?」
……ばっかやろー、まだ死んじゃいねえよ。
口を開ける事もままならない俺は、消えゆく意識の中で独り悪態をついた。
手足が痺れて感覚が消えていく。体がまるで他人の物のように全く動かない。
死を前にしていながら、何も出来ない。絶望が襲い掛かってきた。
――俺は、強くないのか?
力の無い者達のしあわせを虐げる、力のある者の横暴を止める事は出来ないのか?
ああ……どーなっちまうのかな、これから。
楽に逝かせてくれる……訳無いか。
やれやれ…………。
――頼んだぞ、狼男。
ふいにワイオミングの節くれた拳の温もりを思い出し、指先がピクリと反応した。
本当なら一緒に行きたかっただろうけど、無念怨念を俺に託して自分は仲間を守るために身を引いた。死してなお成し遂げられなかったその想い、俺が遂げずに誰が遂げるんだよ。
――灰おはよー。まーた遅刻ギリギリじゃん。
何の変哲も無い朝の一コマが脳裏にフラッシュバックした。いつもうるせえよ桃瀬。あと……なんかありがとな。
――灰君、一緒にお弁当食べよう。
いつでも犬みたいに寄って来る疾風宮。俺みたいな奴とつるむうっとおしい変人。
――体に気を付けろよ。
今朝交わした、親父との短すぎる会話。俺のせいで失った左目を押さえて、
まるで今の状況を予言したかのように心配してくれた。
――死ねない。
閉じかけた目をかっ開いた。
「…………死ねない。……俺は……まだ死ねない!」
うわ言のように呟いて、だんだんとそれは強い意志に変わっていった。
見えない力に支えられて、俺は壊れたブリキ人形のようにぎこちなく再び立ち上がった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息を荒くしてファイティングポーズを取る俺を、フルカスは心底面白そうな目で見た。
「やっぱりまだ生きてたんだ。ふふ、そう来なくっちゃね」
「へ、へへ……この程度の攻撃で殺られるとでも思ったか? 狼男ナメんな」
実は死にそうだったが目一杯強がってみせたら、フルカスは目を更に細めた。
「もっと遊べて僕は嬉しいけど、無茶してない?」
「無茶だぁ? そんなもんしてるに決まってんだろ。でもな、例えこの身が滅びようとも、俺はこの力を使う!」
俺って馬鹿だな。たかがゴブリンで命削るとか。
粋狂にも程があるってモンよ。
「闇の魔法石に宿りし狼の魂よ。我に今一度その力、解き放て」
俺は闇の呪文を唱えた。解き放たれた闇の魔力は全身に渦を巻き、怪我の痛みを感じなくなった。
「へぇ……」
フルカスは興味深そうに呟いたかと思うと、俺めがけて一直線に飛んだ。
大鎌の長いリーチを生かした連撃を繰り出すも、俺はそれらを紙一重で躱していく。
「面白い……面白い! 君、速くなってるね!」
大鎌を振り回しながらフルカスが感心した様子で言った。
解放の呪文を唱えなくても闇の魔法は使えるようになったが、どうしても威力が劣ってしまう。それに、身体能力の飛躍的向上と、一種の脳内麻薬による痛みを感じなくなる力は、呪文を唱えないと得ることが出来ないものなのだ。
「まぁ確かに強くて速いけど……避けてばっかりだよ。本気の君も大した事ないんだね」
フルカスはがっかりした様子で俺を見た。
「つまらないなら、いっそのこと――」
「おいおい、いつ俺が本気出したよ?」
俺は後ろに跳び、大鎌の攻撃範囲から抜け出した。
「ショータイムはここからだぜ」
俺は、闇の魔法石を握りしめた。
「漆黒の闇に憑かれし狼男よ、我に更なる力を与え給え!」
二重解放。これが、俺の奥の手だ




