第13話/恩義
「黒岩さんが、ルシファー……。嘘だ……そんなの嘘だ」
そんなの信じられない。信じない。
俺は、黒岩さんの方を見た。ふざけた戯れ言を否定して欲しかったからだ。
「おやおや。知った顔が来たと思ったら、トライブ・ディバイダー襲撃計画でヘマこいて結社から追い出された無能なルシファー元総長ではありませんか。今更何の用です?」
遠くで見ていたバティンが、黒岩さんの方に近寄りながら嘲りを込めた挨拶をした。
「無能? それは違う。私は嵌められたんだ。君達ベリアル派に」
そのバティンを、ゴミを見るような目で睨みつけた。
俺達の前では見せなかった険しい目で。
俺も言いたい事がたくさんあるけど、フルカスが俺と黒岩さんの方に歩いて来たので一旦言葉を引っ込め身構えた。
フルカスは歩きながら、大鎌を持っていないもう片方の手を装束の中に入れた。ピストルでも出すんじゃないかと身を固くしたが、
「ビクビクしないで良いよ。ピストルなんか出さないからさ」
フルカスに無邪気な笑顔を向けられた。
「ルシファーさん。僕、闇市でスゴい物見つけちゃったんですよ。狼男君も、おひとつどう?」
フルカスの手に乗っているのは、紛れもなくイモリの黒焼きだった。
「!」
寒気が全身を貫いた。
「ふふ、今動揺したね」
フルカスは軽々と重量武器の大鎌を振り下ろし、俺の肩口を切り裂いた。
「ぐあっ!」
モロに受けた肩口からは血が吹き出した。
俺は後ろに跳び、奴との間合いを取った。
……た、ただの偶然か勘違いだろ。落ち着けよ、俺。
肩の痛みも忘れて必死になって自分に言い聞かせるが、寒気が消えることはなかった。
依然として心臓は早鐘を打ち、寒くもないのに唇が細かく痙攣している。
「お前……それをどこで?」
俺は震える声で恐る恐る聞いてみた。
頼む、嘘だと言ってくれ。
だが、返って来たのは最悪の答えだった。
「闇市に、イモリの黒焼きを持ってる謎のゴブリン集団がいたんだよ。で、そのゴブリンに “どこで貰ったの?” って拷問してみても頑なに話そうとしなかったんだよ。だからつい殺しちゃった。勝手な行動は控えるようにって言われてたんだけどね」
「クッソ……てめえ、何であいつらを」
「ふふ、やっぱり君はあのゴブリン達の仲間だったんだね。大方、あのイモリは結社への道案内のお礼って所かな? たかがそれだけの関係なのに君の事は一言も話さず、愚かに死んだ。全く、底辺種族の考えは理解に苦しむね」
フッ、と鼻で笑うフルカスに、俺の心は燃え滾った。
「殺す」
怒りに任せて地を蹴り、フルカスに闇を纏った拳を叩き込んだ。
ナメてるのか、フルカスは微動だにしない。薄笑いすら浮かべている。その態度に俺は拳を握り直した。更に左右の拳の連撃を与え、回し蹴りを放った。
「喰らえ! 『ダークネスフレイム』!」
左腕から解き放った闇の炎はフルカスを捉え――
「次は僕のターンだね」
フルカスは俺の真後ろに立っていた。
「‼︎」
得物の大鎌で背中を袈裟斬りにした。
俺は首だけ振り返るので精一杯だった。
フルカスは大鎌を振った反動で回転し、柄の部分で俺の右腕を打撃した。そこから抉るような右フックを顔面に喰らい、俺は地面に叩きつけられた。
「ゲッホ……負けるか!」
俺はギッ、と歯を食いしばり、立ち上がった。
この程度のダメージ、狼男の俺には通用しねえんだよ!
再び殴りかかろうとするも、リーチの広い大鎌相手には迂闊に手が出せない。中々反撃する機会がなくて手をこまねいていると、フルカスが翼をはためかせて攻撃を繰り出してきた。
すれ違いざまに横薙ぎに払われた鎌を紙一重で躱す。と、フルカスが急激に高度を上げて空を飛んだ。それに釣られて行方を目で追うと、奴は俺の真上でホバリングしていた。
「一緒に遊ぼう、大丈夫、壊れないようになるべく優しくしてあげるから」
羽音に紛れてフルカスはそう言った。
その瞬間、フルカスが稲妻のように急下降した。小回りの効かないはずの大鎌で素早く斬りつけ、俺に反撃の隙を与えずにまた攻撃の届かない空に飛んだ。
「チッ……」
魔闘結社脱出のために乱発したダークネスキャノンに、ザガンとバティンの連携攻撃、フルカスに喰らった三発の斬撃。もう、動けてるだけで褒めて欲しい。
返り血で汚れたフルカスが、鎌を構え直した。
「来やがれ……!」
体力は限界に近付いている。それでも、闘志は尽きちゃいない。
「狼月君!」
黒岩さんがこっちに助太刀しに来るのが見えた。あまり余裕がない俺は、黒岩さんに何も言えなかったけど。
「あんたの相手は儂じゃよ」
黒岩さんの動きを止めたのは、フルカスが来てから沈黙を守り続けていたバティンだ。
細剣を黒岩さんの喉元に突きつけている。
「バティン……邪魔をするな!」
……他人の事気にしてる場合じゃねえ。
視線を戻すと、ちょうどフルカスが空から下降する所だった。
すれ違いざまに俺の左脚を斬りつけ、また上に飛ぶ。また来たと思ったら今度は鳩尾に傷を残していった。
一撃離脱を繰り返すものの、ヒット&アウェーなどと言う逃げの姿勢ではない。
天空から目を光らせ、一瞬の隙を突く姿は、まるで血に飢えた猛禽だ。




