第11話/孤狼奮闘
「教育が足りないみたいだな。もう一発!」
もう一度、牛の悪魔が大きなモーションで殴りかかってきた。
拳の軌道については解析済みだ。次の動きが手に取るように分かる。
二度と、同じ技は喰らわねえ。
俺は悪魔の動きに全神経を集中させて、拳を避けた。
そのせいだろう。背後から飛んで来る爺さんに気付けなかったのは。
ザシュッ!
鋭い痛みが走った右の脇腹を見ると、血に塗れた細い金属の棒が服を貫いて、急所は外れたが串刺しにされていた。
俺が後ろを振り返る前に、爺さんは脇腹から細剣を抜き、一歩下がって構え直した。
こうして向き合ってみて、爺さんがかなり小柄だった事が分かった。
服からは赤黒い血が滴り、俺は激痛が走る傷口を手で押さえ込んで痛みを耐えた。
「あーあ、穴空いちまったぜ。この服、気に入ってたのにな」
俺はゆっくり振り返り、爺さんに向かって無理矢理笑ってみせた。若干荒くなった呼吸を抑えたからか、圧し殺した声になってしまったけど。
「これから死ぬモンが、そんな事を気にする必要は無いぞ、坊主」
爺さんがそう言った。声は優しいんだけど目が笑ってない。
「俺が、死ぬ? クク、可笑しい事言うねえクソジジイ」
「いつまで強がってられるかのう? その死に様を見せてもらうぞ、坊主」
「坊主じゃねえ。狼男の狼月灰だ」
「儂の名前も、クソジジイではなくバティンだ。覚えとけ」
すると、爺さん……バティンの姿が消えた。いや、高速で移動したからそう見えただけだ。
——後ろか。
確認してる暇は無い。俺は体をひねり半回転しながら身を引いた。
予想通りだ。心臓を狙った細剣の突きが胸を掠めた。
服の擦れ合う「シャッ」という音が、リアルに命のやりとりをしていることを実感させた。
無理に動いて傷が痛むけど、気にしている余裕はない。
「喰らえオラァ!」
真横から気合の入った声がした。牛だな。
拳を振り上げ、大きなモーションで殴りかかってくる。
俺は避けるために身構えて、奴の動きを注視した。
……と、ヤバい。視界の端に高速接近してくるバティンの姿が映った。
「よそ見するなこの野郎!」
バティンに気を取られている間に、牛に対する反応が遅れた。
「くっ……!」
咄嗟に横に転がって直撃は回避した。
受け身を取った反動で立ち上がり、距離を取りつつ拳を構えた。すると反撃の暇も与えずに空からバティンの突きが降って来る。
くそ……この二人組面倒くせえ。
アタッカーの牛が攻撃を仕掛けて、得物持ちの高速のバティンが全方向から睨みを効かせる。
面倒くさい事に、コンビというものは時に1+1を上回る力を持つのだ。どちらも個人の能力は高くない。タイマンでの勝負なら絶対に俺が勝つのにな。
——そうだ。
「黒岩さん! 一緒に戦って下さい……ってあれ?黒岩さんどこ行った?」
さっきまで黒岩さんがいた所に視線を向けても、そこには誰もいなかった。
唯一の策が潰え、気付けば孤立無援。
それに、戦況も悪い。
こっちは大した攻撃を与えられずに防戦一方なのに対し、奴等は手数が多いだけに時々攻撃が防ぎ切れない。
蓄積されるダメージと拳や突きを捌く動作が、じわじわと体力を奪っていく。
やべーな、これ。死ぬ事は無いけど、このままじゃ勝てない。
……いやダメだ!何弱気になってやがる!俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ!
目的を、果たすために。
* * *
「死ね!」
牛の悪魔が、体重を込めた渾身の右ストレートを放った。
その一撃を俺は両腕をクロスさせて防御したが、奴は豪腕。立ったまま思いっきり後ろに滑り、廃屋の壁に背中を打ち付けた。
「げふっ……」
土煙が上がり、全身を貫く衝撃は俺の呼吸を停止させた。
「十分も儂等の攻撃を受け続けるのは大したものじゃが、もう限界じゃろ? バランスが取れてないぞ」
「限界だァ? クク、馬鹿言ってんじゃねーよ。こっちは奥の手残して老い先短いジジイ相手に舐めプしてやってるってのに」
「負け惜しみも、ここまで来ると哀れじゃのお。儂等に一発も入れられてないのに」
「そこまで死にたいんだったら望み通り殺ってやるよ、クソジジイ」
そろそろ本気を出さないとヤバいな。温存しておきたかったけど、闇の魔法使うか。
俺は、痛む心臓を無視して魔力を解放させた。
やっと戦いが終わる、と思っていたら、遠くからバッサバッサと羽音が聞こえてきて、こっちに近付いてくる。
なんだろう。嫌〜な予感がする。
恐る恐る音の発信源を見ると、予想的中、大鎌を担いだ新しい悪魔がこっちに向かって飛んで来ている。
チッ、三対一かよ。面倒くせえ。……勝てるかな。




