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第9話/何でアンタが

 

「はい、そこまで」


 ゆっくりとバランスを崩す俺の目の前に、白く大きな翼を広げたベリアルが舞い降りてきた。

 そこから無造作に俺の腹めがけて拳を叩き込んだ。


 景色がすごいスピードで後ろに流れたと思ったら、背中に激痛が走り、変な大広間にゴミのように放り出された。


 ああ、殴られて吹き飛んだのか。


 突然の奇襲に、状況を理解するまでに少し時間がかかった。

 痛みを堪えて立て膝をつくと、宝石箱がカタリと音を立てた。両足の氷は、この部屋の壁を破った衝撃で砕けたようだ。俺は宝石箱を小脇に抱え、ゆらりと立ち上がった。


 まず視界に入ってきたのは、俺がぶつかって開いた壁の大穴。見渡す限り白いタイルで埋め尽くされた無機質な床。四方向に伸びる影は、天井にぶら下がるシャンデリアの作り出したものだ。

 さて、どうしたものかな。

 脱出方法を考えていると、猛禽類の羽音の群れがこちらに迫ってきた。


 やれやれ。ゆっくり休んでる暇は無いみたいだ。


 俺は立ち上がり、腕を震わせて戦闘に身構えた。

 間も無く大穴から悪魔達が飛んで来て、次々と俺を取り囲むように舞い降りた。


「クク、それまでだ侵入者! おい、お前ら、奴を逃がすなよ!」


 一番最後に来たベリアルが、部下達に命令した。

 部下達は、それに合わせてジリジリと俺との距離を詰めていく。


 俺は素早く目配せして、戦力差を計算した。

 敵の数は、ベリアル含む七人。しかも、あの爆発で何ともなかった事から、少数精鋭、かなりの猛者だと推測される。


 右から順に、蝿を連想させる黒い大男、短剣を構えたドM秘書、全身緑の戦闘服に身を包んだ背の低い弓矢使い……完全に包囲されてるな。

 部屋の隅に追い込まれたホコリの気持ちが分かった気がした。


 ダークネスキャノンでも撃とうと魔力を集中させたが、心臓に鈍い痛みが走り、集中が途切れた。

 ふう……結構ガタが来ているな、俺の体。

 額に脂汗を浮かべつつ、無理矢理闇の力を解放させた。


「うおおおおお! 『ダークネスキャノン!』」


 俺は壊れそうな体を一切気遣わずに、その辺の敵目掛けて全力の攻撃をぶつけた。


「おいおい、どこ狙ってやがる?」


 超高速の身のこなしで難なく攻撃を避けた一人の悪魔が、嘲るように鼻で笑った。


 決死の一撃も虚しく空を切り、行き場を失った黒い閃光は派手に壁を破壊した。が、


「ああ、悪い。お前みたいな雑魚の事なんて眼中に無かったから、つい殺しそびれたぜ」


 この言葉に嘘偽りは無い。

 壁には、人ひとり余裕で抜け出せるくらいの穴が開いていた。


「じゃーな、間抜け供」


 俺は悪魔達に手を振って、ジェットエンジンの要領で両腕から炎を噴き出した。そのまま穴に向けて加速して、ようやく結社からの脱出に成功する。


 何とも代えがたい高揚感に支配された俺は、ぐんぐん高度を上げてひとときの空の旅を楽しんだ。

 外は暗く、夜の冷えた空気が肺に染みた。

 どよめきやら怒号が飛び交う結社から三十メートルほど離れたところで、俺は空の旅を終えて着陸態勢に入る。


 どこに行こう、と高度を下げると、視界の端で何かがキラリと光った。と同時に、そこから紅い光線が発射された。


 揺れる前髪を微妙に焦がしたその光線は、俺の顔を僅か数センチ逸れて夜の空に吸い込まれていった。


 魔法の種類や発射地点など考えなくても俺には犯人が分かった。だって、こんな性格の悪い奴、世界に一人しかいないんだもん。

 俺は炎の尾を引いて大きく旋回し、奴がいる所に突っ込んだ。


 ドゴオォォン!


 土煙が舞い上がり、俺の足元に直径一メートルほどのクレーターが出来た。


「ゲホゲホ、オエ!」


 奴が咳き込む音が聞こえた。ヘッ、ざまあみろ。

 煙が晴れるに連れて、顔の前で手をパタパタ振っている人影が鮮明に見えてくる。


「……土煙とか、やめろよ。気管に入ったらどうすんだ、この馬鹿」


 視界がクリアになると、喉に手を当て涙目になってこっちを睨んでくる姉貴がいた。


「お互い様だろそんなの。俺だって姉貴のせいで前髪燃えたんだからな」


「それだけで済んだのは、あたしの正確無比なコントロールのおかげだろ? もっと感謝して欲しいくらいだな」


「何でだよ!」


 理不尽な感謝の要求に、俺は思わずツッコミを入れてしまった。


「まぁ取り敢えず作戦は成功した。奴等が来る前に撤退しよう」


 俺達から少し離れた所にいた黒岩さんが、ケンカの仲裁のように俺達を宥めた。


 ……え?

 黒岩さん?


「って黒岩さん⁉︎ アンタ何でいるんですか?」


「その説明は後だ。——来るぞ」


 来る?ああ、あいつらか。

 黒岩さんの向いている方向に視線を凝らすと、矢のような速さで一直線にこちらにやって来る二つの影が見えた。


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