第1話/犬を黙らす寝起きの狼
奪われた風の魔法石を取り戻すため、魔闘結社に侵入する狼月。
そこで彼に衝撃の事実が待ち受けていて……。
物語が、動き出します。
「クク、それまでだ侵入者! おい、お前ら、奴を逃がすなよ!」
天使の様な白装束に身を包んだいかつい男が、勝利を確信した声で後ろにいる配下達に偉そうに命令した。
それに合わせて、細剣を構えた老兵、背中に大きな蝿の羽が生えた黒い大男、牙が生えた人型の烏と言った六、七人の異形の者達が銀髪の少年の周りを囲み、彼の逃げ場を奪っていく。
天井に吊るされた神秘的なシャンデリアが、枝分かれした影を幾重にも重ねた。
そして、白いタイルが敷き詰められただけの殺風景な部屋の隅にジリジリと追い詰めていく。
「……チッ」
侵入者と呼ばれた少年は舌打ちすると、素早く目配せして敵の戦力を計算し始めた。
多勢に無勢。戦況は圧倒的に劣勢だが、少年のギラギラ光る目が、闘う決意を示している。
彼は何をしたのか。
彼が闘う理由は何か。
そもそも、なぜこんな状況になったのか。
それを説明するには、時間を少し遡らせる必要がある。
* * *
土曜日の朝、俺はいつも通り三度目のスマホの目覚ましで起きた。
がなりたてるスマホを、寝惚けた頭で操作し黙らせた。
俺は、布団に包まれたままモゾモゾと伸びをする。
大欠伸をして体に酸素を取り込むと、どんよりした倦怠感が俺を支配した。
はぁ、土曜日の学校ってのは慣れないもんだな。
小中学では土曜日は休みだったからか、土曜日に登校すると何だか損をした気分になる。
とは言え、ウジウジしててもしょうがない。俺はスマホを持ち二段ベッドを後にした。
因みに俺が下で、上は姉貴が使っている。このベッドを買ったのは俺が小学校に上がるかどうかの頃で、あの時は上で寝る権利を巡って姉貴と大喧嘩したものだ。子供の頃って本当にどうでも良い事にエネルギー使うよね。
純真無垢な子供時代を思い出してしみじみした俺だったが、よくよく考えてみれば俺に純真無垢な時代などなかった。
頭をガリガリ掻きながらスマホの電源を切ろうとすると、突然それが震え出し、音を発した。
「ぬわっ!」
思わずスマホを投げ捨てそうになったが、狼男の反射神経でぐっと堪える。バクバクする心臓を押さえながら画面を見てみると、着信画面になっていた。
朝っぱらから電話、ねぇ……。
寂しがり屋の彼女なんていない、と言うか彼女なんていない俺は、電話の向こうの人物が分かってしまった。
「もしも〜し、黒岩さん? 朝っぱらから何の用ですかぁ?」
俺は欠伸を噛み殺しつつ、寂しがり屋のおっさんに話しかける。だが、黒岩さんは至極真面目な、それでいて少し不機嫌な声でこう答えた。
『何の用ですかじゃない。君か? 昨日道路をボコボコに壊したのは?--はぁ、やっぱりそうか。あのだねぇ、魔法を使う時はもう少し周りに気を遣ってくれないか? 今回は私が偶々通りすがって発覚したから応急処置も取れたものの……』
黒岩さんのありがたい説教は、ありがたいのだが、いかんせん長過ぎる。寝起きの精神にかなり堪えるものがあるな。
……こんな話を知っているか?
吠え続ける犬を黙らせるには咆哮よりも大きな音を立てろ、と。
犬はその音に驚き、興奮状態から一気に冷めるという。
とは言え説教中に大声で叫ぶ訳にもいかないし、てーか、それ精神異常を疑われるわ!
ともかく、なんかショッキングな事を言って興奮を冷ませば良いんだ。
そして残念ながら俺にはそのネタがある。
そのうち言わなきゃいけない事だったんだ。
俺は、黒岩さんを黙らせる、誇らしくはない特ダネを披露した。
「黒岩さん、そんな事よりあのですね。風の魔法石が奪われちゃいました。いや--」
『何だと⁉︎ 魔法石を? 疾風宮君は無事か? ーーああ、良かった。それで? 誰にやられた? 敵についての情報は?』
俺の話を聞くなり、黒岩さんは説教などなかったように俺を質問責めにした。……犬を黙らせる技って人間にも応用できるんだな。
黒岩さん人間じゃないけど。
「盗んだのはサキュバスですが、奴をデカい組織が操っててですね……。聞いて驚け、それがあの魔闘結社なんですよ」
『やっぱりか、あの野郎……いや、こっちの話だ。そうか、魔闘結社か』
電話の向こうで忌々しそうに唇を噛む黒岩さんの姿がまざまざと瞼に浮かぶ。何をそんなに悔しがっているんだろうか。まぁ良いや。
「何でも、トライブ・ディバイダー襲撃事件の犯人グループだって言ってたらしいですよ。取り敢えず午前は学校があるので、今日の午後あたり盗り返して来ようかなと思ってます……あの、聞いてます? もしもし?」
黒岩さん、急に静かになったな。どうしたんだろ。
『済まない、つい考え事を……。そうか、殴り込みか。私に出来る事はせいぜい道案内くらいか』
「魔闘結社への道は大体分かるので、大丈夫です。もとより、黒岩さんの手を煩わせるつもりはありません」
昔から、そういった奴等とは縁が深いんでね。
俺は、自嘲気味に口の端を吊り上げた。
『そうか……健闘を祈る。切るぞ』
黒岩さんは、俺に短く励ましの言葉をかけると通話を切った。今度こそスマホの電源を切って、充電器に繋ぎ、壁に掛かったアナログ時計を見る。
……時間やべー。




