第16話/魔闘結社
「まず1つ目。風の魔法石は、どこだ?」
「……持ってないです」
「あ?」
「うぇぇぇん、ホントにないんですよぉ……。獲った後すぐに使い魔に結社に届けさせたんですよ……。ガチ中のガチですよ、信じてくださいってば」
あたしの強過ぎた威圧に、シクシクと泣き出してしまった。嘘泣きなのか、“ガチ中のガチ”なのか疑わしい所だが、今の答えで2つ目の質問を思いついた。
あたしは、指を2本立ててサキュバスの鼻面に突き付けた。
「質問その2。『結社』って、何だ?」
「そ、それはちょっと…………」
「じゃ死ね」
「うわわわわわ! 言いますよ! 言いますってば!えーと、じゃ、魔界最大の悪魔連合って言えば分かります?」
弱々しい上目遣いで発せられたその言葉、忌まわしい記憶を掘り起こし背筋に悪寒が走った。
「魔闘結社……」
「分かっているなら話は早いです。何を隠そう、トライブ・ディバイダー襲撃事件の実行犯は、私達なんですからね。えっへん。……でも、ポンコツ指揮官のせいで風の魔法石は盗り損ねたし、力欲しさに裏切り者が更に1つ盗みやがって、今の結社には2つしかないんですよ。で、私は風の魔法石を回収する為に所有者の想い人に化けて今に至る……的な感じでオッケーですか?」
媚びるような目を向けて許しを乞うサキュバス。
「分かった。つまり、お前は魔法石を持ってないって事だな。ならお前はもう用済みだ。死ね」
そう言い捨て右腕に魔力を集中させると、サキュバスはただでさえ大きな目を見開き、酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。
震える細い指があたしを指差す。
「こ、この嘘吐き!質問に答えれば命は助けるって言ったじゃないですか!酷い!まるで悪魔の所業だ……!」
悪魔の所業って……。あんたが言うなよ。
それに嘘吐きはあんただろ。
「嘘吐き相手に正直に接する程あたしは聖者じゃないんでね。さぁ、何か言い残す事は無いか?」
悪魔との騙し合いに勝ったあたしは、震えるサキュバスに掌を向けた。
悪いな。あんたに私怨は無いが、あたしは騒がしいビッチと騒がしいギャル男と「2人組」が口癖の教師が世界で1番大大大大大ッ嫌いなんだ。許せ。
「終焉だ。花と散れ」
渾身の炎魔法でトドメを刺してやろうとしたその時。
遥か天空から羽音が聞こえてきた。
上を見上げると、大きな黒い塊が視界に入る。
バサバサと大きな音を立ててはためく黒い翼。
獣臭い空気を撒き散らし物凄いスピードであたしとサキュバスの間に降り立った。
痩せた蝙蝠のようなこの生物は、あたしとサキュバスを一瞥した後、溜め息をついた。
「やれやれ……帰りが遅いと思っていたら、こんな所で油を売っていたのですか。ホラ、帰りますよ」
ガリガリに痩せた腕を払うと、ヨレた黒マントがはためいた。
「ガープさん……来てくれたんですね!」
サキュバスの目が一気に輝いた。今のあたしの圧倒的な力を見た後にこの反応をする位だから、こりゃ結社内ではかなり格上の存在だな。まぁでも、ガープだか誰だか知らんがあたしの邪魔すんな。
「何の用だ?お前も死にに来たのか?」
楽しい処刑タイムを邪魔されて半ギレのあたしは、取り敢えずコイツも消そうと決めた。
右腕に魔力を集中させると、あたしの周囲を熱風が渦を巻く。
喰らえ。フレイム——
あれ、おかしいな。力が集中しない。もしや魔力切れ?つまんねぇな。処刑出来ないじゃないか。
あたしは脱力し、地べたにへたり込んだ。
……立ち上がれない。何だコレ。力が、抜ける。
まさか。
蝙蝠の悪魔を見ると、奴はご名答とばかりに薄笑いを浮かべた。
「おやおや、早速神経毒の効果が現れてきましたか。私達が麻痺しないように威力は弱めですが、これで暫くは魔法はおろか、体を動かすこともままならないでしょうね」
「神経、毒……!」
あの時だ。
コイツが空から来た時、土煙と一緒に撒いたんだ。何年も戦ってなかったからそこまで注意出来なかった。マトモに動けないあたしに対して、あの魔闘結社の戦士。しかもその実力は未知数。
分が悪い。撤退しようにも、力を入れようとしても暖簾に腕押しで逆に脱力してしまう。
……やべー。
コレ、死ぬやつじゃん。
体が動かないあたしは、抵抗の代わりに目の前の悪魔2人を睨みつける。
なんだよ。
こんな所で、こんな奴等で終わっちまうのかよ。
巫山戯んなよ、そんなの嫌だ。
やり残した事が沢山残ってる。
やりたい事が沢山待ってる。
クソ。
もう終わりかよ。
頰を一筋の涙が伝う。
鼻の奥がツンとする、懐かしい感覚。
それを洗い流すように、黒い空から雨が降ってきた。
雨に打たれて涙に濡れてボヤけた視界が、蝙蝠の悪魔がすぐ側にいることに気付かせた。腕を前に出し、何やらブツブツ言っている。魔法で殺す気だな。
全身を冷たい雨に打たれて少し冷静になった。泣いてもしょうがない。いつかこうなる事は覚悟していたはずだ。
……そうだ、どうせ死ぬのならお前らも道連れにしてやるよ。
今持つ全魔力を使って、あたしの全身をエネルギーに変換する。それを全部使って爆発を起こせば、ここら一帯は平らになるぜ。
あと、雨で顔に貼り付いた前髪が目に刺さって結構痛い。
……やるべき事が決まったからか、どうでもいい事を考えてしまった。
あたしは蝙蝠の悪魔を見上げ、ぎこちなく口角を釣り上げてみせた。
場にそぐわない光景に、奴は呪文を唱えるのを止めてあたしを一瞥し、訳が分からないと肩を竦めた。
馬鹿め、終わりだよ。あたしも、お前らも。
あたしは、自分に変換魔法をかけた。
体がスッと軽くなり、全身が薄く発光する。あたしは爆発のビジョンを頭に思い浮かべた。それにあたしの全エネルギーを叩き込む。あとは発動すると念じるだけ。
ここがあたしの死に場所、か。せいぜい花と散ろう。
こんなやり方しか出来ないダメな姉貴でゴメン。
怒らないでね。
そして——あたしは2人の悪魔を巻き込んで大爆発……は、しなかった。
道の奥から、こちらへ歩く影が見えたからだ。
あたしの驚いた顔に、悪魔も何事かと手を止めた。
暗くて顔を確認する事は出来ないが、その靴の踵を削る歩き方、その猫背気味の不健康な姿勢、そのあたしのせいで直せなかった馬鹿っぽい寝癖——。
「……か、灰!」




