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第13話/天邪鬼は悲劇の戦士の心を解くか

 

 あたしは、出せる限りの柔らかい声で灰に語りかけた。


「灰、お前アレだ。前に家に来た誰だっけ、あのアイツの事について悩んでるんでしょ。あたし友達いないからよく分かんないけどさ、いつまでもそんな事でクヨクヨしてんなよって。明日にはなんとかなってるよ」


 スマホを弄る音がピタリと止んだ。


「…………せーよ」


 小さく低い、圧し殺した声が聞こえた。

 もっとハッキリ喋りなさい。

 あたしは、キャスター付きのイスをくるんと半回転させて灰の背中に視線を向けた。


「なんつった? 聞こえないけど」


 ドンッ!と机を叩く音が、部屋に響いた。

 灰は肩を震わせ、背中越しにあたしを睨みつけた。

 やり場のないその拳は、あたしに向けられたものだろうか。


「うるせー、って言ったんだ! 何なんだよお前、バカにしてんのか? 俺なんてほっとけよ! 大体、友達いねー姉貴なんざに俺の気持ち分かってたまるかよ! アイツはなぁ……俺のせいで……クソッ」


 初めの勢いはどこへやら、目が見る間に潤んでいく。

 うむ、逆効果だったか。どうも神経を逆撫でしてしまったみたいだぜ。


 ……でもこの野郎、痛い所突いてくるなぁ。

 まぁ、あたしと咲良は互いを利用し合って孤独から逃れるだけのただの馴れ合いだから友達いないのは事実だし反論できないんだけどね。


「友達いなくて悪かったな。て言うかお前、ホントに容赦無いな。お姉さん今ので涙目だぞ」


 なけなしの精神力で自虐ネタをかましてみた。

 ちなみに涙目は嘘だが、豆腐の如く繊細な心が粉々に砕け散ったのは事実だ。

 苦笑でも、嘲笑でも、憫笑でも良い。

 これで灰が元気になってくれるなら。


 だが、灰はそれを聞いて更に表情が沈んだ。


「あ……、悪い。……ったく、何やってんだよ、俺…………」


 コイツ面倒くせー!超面倒くせー!


 額に青筋がカムバックし、あたしは頭をぐしゃぐしゃ掻きむしった。

 机に向き合い頭を抱えて項垂れるその弱々しい灰の背中に、どこか悲劇のヒーローじみたものすら感じ取った。

 お前如きが悲劇のヒーローな訳ねーだろ。

 もういい。口で言って分からない奴には実力行使だ。


 あたしは席を立った。

 つかつかと灰の元へ歩み寄ると、背もたれを乱暴にガッと掴み、ぐるんと椅子を回転させた。

 無理矢理灰と向き合ってみたら、ボサボサの長い前髪が両目を隠して、まるで廃人のようだった。

 あたしは、灰の胸ぐらを両手で締め上げ、力任せに持ち上げた。放心状態だったからか、すんなり立ち上がらせる事に成功する。

 デカくなったな、お前。

 あんたも昔はちびっ子だったのに、今じゃあたしの方が小さい位だ。


「…………何?」


「何? じゃねーよバカヤロー」


 あたしは、ヨレた灰の襟元を直すと、拳を強く握った。


 そして——思いっきり抱きしめた。


 弟に気の利いた言葉のひとつも掛けてやれないダメな姉貴が出来る、唯一のやり方。


「……おい……。やめろよ…………」


 灰が弱々しく体をよじって抵抗するも、逃すまいとギュッと更に強く抱きしめる。


「昔、親父に怒られてよく泣いてたあんたをこうやって慰めてやったよね……」


 微妙に癖のある灰の髪を手で梳き、耳元でそう囁いた。


「いつの話だよ……」


 灰が、力無くボソッと呟いた。

 心拍数の上昇を全身で感じる。

 さっきまでの自棄的な横顔が、捻くれていながらどこか素直な「灰」の顔へと戻っていく。


「泣いても、良いんだよ?」


 そう言って頭を撫でると、灰が顔を埋めているあたしの肩に、じわっと熱いものが広がった。


「うっ……姉ちゃん……グス、ありがと…………」


 友達には決して見せられなかったであろう涙が、溢れ出る。

 親でも、友達でも、彼女でもない。近すぎず、遠すぎない姉だから出来ること。

 姉だから、流せる涙。

 そっと背中をさすると、嗚咽が強まった。


 普段は強がってる癖に、まだまだお前もガキ


「きゅるるるるるぅぅ」


 腹減ったよー、と昼にカップ麺しか食べてないあたしの胃袋が悲鳴を上げた。


「ひゃあ!」


 あたしは、その恥ずかしさから思わず背中に回した手をほどき、灰を突き飛ばした。

 灰も予期せぬ不意打ちだったようで、力のままに後ろにあった椅子を巻き込んで派手にすっ転んでしまった。


「痛っててて、何しやがるんだ姉貴」


 さっきまでの泣き顔はどこへやら。後頭部をさすりながら顔をしかめてこっちを睨んでくる。

 あたしは、灰がいつもの憎たらしい灰に戻ってホッと一安心する。


「で、何があったんだ?」


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