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第11話/深きカルマ

 

 俺は階段を駆け上がり、屋上へと繋がるドアを開け放った。

 涙を流してうずくまる疾風宮と、それを嘲笑い風の魔法石を弄ぶ雪沙を見て何があったか全てを悟った。


「やっぱりお前か。……疾風宮! ヤロウ、よくも人のツレ傷付けてくれたな! 特に精神的に」


「げっ、何で来たの? 狼月くん……いや、狼男」


 雪沙は一瞬ギョッとした表情を見せたが、すぐに余裕の笑みを取り戻す。


 俺は、風に吹かれた前髪をたなびかせて雪沙の元へ歩み寄った。


「別に。ただ屋上に薄汚い邪気を感じただけだ。それよりお前、死にたくなければ魔法石返してさっさと消えろ。雪沙……いや、サキュバス」


 サキュバス。

 ターゲットの男にとって最も魅力的な姿に化け、誘惑する下級悪魔。


 単なる化け猫ビッチだ。


「ムリムリ。狼月くんじゃシノを殺せないよぉ〜」


 サキュバスは、半笑いで肩をすくめた。

 交渉決裂。

 その挑発的な態度にキレた俺は、地を蹴って奴に殴り掛かった。


 女の子に暴力振るっちゃいけない?知るか。コレは女じゃない。ただの悪魔だ。


 すると、奴の全身が一瞬霧に包まれた。

 モヤが晴れると、奴は桃瀬に化けていた。


「ヤメて灰!」


 だが俺はそんな演技には騙されない。

 むしろこんな奴に桃瀬のモノマネをされた怒りが、湧き出る炎に勢いを増した。


「黙れ!『フレイムナックル』!」


 闇の力を封じている俺は、滾る右の拳を繰り出した。

 狙い通り左頬にクリーンヒットし、ザザザッと地を滑る桃瀬、いやサキュバス。


 その人形にも似た後ろ姿はゾッとする程無抵抗で、争うことをを知らないようだった。

 ……まるで殴った俺が罪悪感に苛まれるような。

 怒りや憎しみはいつの間にか消え失せ、後悔とも恐怖ともつかない感情が俺の心を凍らせた。

 生々しく握り拳に残留する、桃瀬の柔らかい頰を殴った感覚。

 全身が震え、思わず拳を左手で包み込む。


 ——女の子にぼう力しちゃダメなんだよ。


 昔の記憶が蘇り、戦慄が走った。


 俺は、同じ事を……。


「ひどい……ぐすっ。灰、何でこんな事するの?」


 頰を押さえた桃瀬が、目をこすり嗚咽交じりの声をあげた。


「……!」


 こいつが偽物である事を完全に忘れてしまった俺は愚かに駆け寄った。

 泣き顔が、嘲笑で醜く歪む。


 奴は顔を覆っていた手を放し、指でピストルの形を作った。


「バン!」


 そしてそこから、無属性魔法のエネルギー弾を発射した。

 バスケットボール大のサイズで、推定時速は100km。

 最近バッセン行ってないからアテにならないと思うけど。


 油断した上、この至近距離では避けられず、咄嗟に両腕をクロスさせて防御した。ビリビリと両腕が痺れる。

 奴はゆらりと立ち上がると、笑顔で細い銃口を向けた。


「バン! バン! バン! 痛い? 苦しい? ひゃははは!」


 口角泡を飛ばしてエネルギー弾を発射するその姿は、悪魔そのものだった。


 別にこんな攻撃、避けようと思えば避けられるし、幾らでも反撃の機会はある。

 だが、拳に残る柔らかく儚い感覚が、俺に立ち上がらせる事を許さなかった。


 深い業を背負った俺に、この攻撃を跳ね除ける資格は無かった。




 されるがままにエネルギー弾を受けまくった俺は、その猛攻が終わる頃には心身、特に精神が傷付いて力なく地べたにへたり込んでいた。


「はぁ、はぁ、流石に死なないか……。まぁいっか。目的は達成出来たし。じゃあシノ、先に教室行ってるよ。 “恋人はムリだけどお友達なら、よろしくね。シノが言うのも難だけどフラれたからっていつまでも泣いてないで切り替えていこーよ!” 」


 いつの間にか雪沙の姿に戻っているサキュバスは、肩で息をしながら笑顔ででそう言った。

 そして、俺達の間を足早に去っていった。


 最後の一言は、この一連の出来事を“疾風宮が告白してフラれた”と言う事で口裏合わせをしろ、って意味だろう。それに異論は無いが、幾ら爆ぜろリア充マンの俺でも心の隅で疾風宮を可哀想と思ってしまった。


 俺はこの理不尽な感情を呑み込み、疾風宮を起き上がらせる為に立ち上がった。



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