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第10話/ヒーローは正体を隠したい

 

「今日は、色々ありがとね。その、ずっと側にいてくれて。この学校来て初めてだったから緊張しちゃって」


「そんなそんな、僕は何もしてないよ。でも雪沙さんに喜んでもらえて、嬉しいな」


 雪沙さんと並んで一緒に弁当を食べる。数時間前の僕には想像もつかなかった出来事だ。しかも腕がたまに触れ合うほど近い。髪からシャンプーの良い匂いがする。幸せ。






「そういえば、さ」


 ふと、雪沙さんが箸を置いた。何かを想像してドキッとした。


「麗華ちゃんから聞いたんだけど、ミヤっち、キレイな宝石持ってるんだって?」


 宝石……ああ、風の魔法石の事ね。

 でも、魔法石の事なんてホイホイ喋っちゃって良いのかなぁ?ヒーローも自分の正体とか隠してるし。


 むむむ、と悩んでいると、雪沙さんが顔の前で手を合わせて、お願いのポーズをとった。


「おねがい、見せて!」


 雪沙さんは上目遣いで僕を見つめて、とびきりの笑顔で小首を傾げた。もうメッチャ可愛い。


「も、もちろん良いよ!」


 そんな顔されて、見せない訳がない。魔法石?隠す?何それ知らない。

 慌ただしくゴソゴソとポケットをまさぐり、風の魔法石を取り出した。


「ほら」


 僕は掌の上に風の魔法石を置いて、雪沙さんに見せてあげた。雪沙さんは目をキラキラと輝かせて僕の手……正確には魔法石を眺めた。


「わー! すっごーい! キレイだね〜! ……ねぇ、触っても良い?」


「うーん……それは」


「おねがい!」


「もちろん良いよ!」


 雪沙さんは、やったーありがと、と僕の手から魔法石を奪うように受け取った。

 手で弄んだり、太陽の光に透かしてみたりと魔法石を触り回している。

 すると突然、雪沙さんが魔法石を大切そうに手に持ったまま、僕に向き直った。感想でも言うのかな。


「ミヤっちさぁ……ホント馬鹿だよね」


「え…………」


 極上の笑顔で、そう言われた。

 状況がよく理解出来ない。


「どう言う……意味?」


「いやー、フツーに考えてさ、いくら転校初日で知ってる人が全然いなかったとしてもただの同級生だった奴とここまでベタベタするとかありえないじゃん? てかそもそも1ヶ月ちょっとで赴任先から帰って来るとか明らかにおかしいし。何で気付かないの?

 それに、この風の魔法石って管理局が唯一死守した『最後の希望』なんでしょ。そんな大事な物を易々と渡しちゃうとか……。ホント男って馬鹿しかいないの? これじゃ騙し甲斐がないじゃない」


 今までの優しい声から、急に人を見下した冷たい声になる。豹変した雪沙さんに、僕は戸惑いを隠せない。


「僕を、騙してたのか……。そんな……そんなの嘘だ……」


「悪いけどホントよ。じゃ、シノ放課後『結社』行ってコレ渡して来るからシノの事は黙っててね。あんた達も大ごとにしたくないでしょ? じゃあミヤっち、せいぜいそこで絶望して泣いててね〜。きゃはっ、超ウケる!」


 現実を受け入れられず立ち尽くすも、軽薄にあだ名で呼ばれた事が僕の心に静かな怒りの火を点けた。

 拳を固く握り締める。


「その名前で、僕を呼ぶな。偽物」


 僕の怒りに呼応するように一陣の風が吹いた。


 今まで、独学とは言え伊達に魔法訓練して来た訳じゃない。

 身体が魔法に順応してきている。威力は劣るが、魔法石の力が無くてもガストブローは十分発動出来る。

 目の前に魔法陣が浮かび上がり、そこに出せる限りの全魔力を集中させる。


「ガスト——」


「ヤメてミヤっち!」


「……ッ!」


 雪沙さん……いや偽物は、涙に濡れた目で見つめて弱々しく訴えた。分かってる。これが偽物だって事くらい。偽物の涙だって事くらい。


 でも、一致しない理性と本能が、僕の体を硬直させた。


「なんてね」


 偽物は指でピストルの形を作ると、「バン!」とウィンクした。


 腹部を鈍い痛みが走り、僕は地面にうずくまった。

 殴られた感覚。唸り声を上げど体は動かない。


 痛みと悔しさと惨めさで視界が滲んでくる。


 僕は、なんて弱いんだ。


 絶望で目の前が真っ暗になりかけた時、けたたましい足音が響き勢いよく屋上のドアが開いた。


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